メキシコ人は陽気な国民性?

メキシコ人を代名する表現として、「陽気」、「賑やか」、「パーティー好き」などがあると思います。僕もメキシコに来る前は何となくそう思っていました。明確なイメージがあるわけではないのですが、何となくそんなイメージを持っていました。カナダにいた時にメキシコ人の家に行ったのですが、「なんかやっぱり騒がしいな」と。実際そうなんですね。

メキシコでは誕生日とか結婚式とか地域のお祭りとか、或いは特別な行事で無くても金曜日や土曜日の夜のホームパーティーなど事あるごとに大音量で音楽を流して、場合によってはバンドの生演奏で、みんなで踊るのです。僕らの結婚式でも、僕と嫁が好きなバンドを呼んで2時間みっちり演奏してもらいました(喜)あと、音楽が無くてもよく喋って大声でよく笑う。ホントくだらない会話から政治や経済の話まで、各々興味がある話題を持ち出して彼方此方でしゃべっています。そんな環境が「陽気で賑やかでパーティー好き」という固定観念を作り出しているのだと思います。

ただ、全員が全員そういうわけではありません。騒がしい音楽が嫌いな人もいます。お喋りが得意でなく寡黙な人もいます。ダンスが出来ない人だっています。僕の会社の同僚達だって、クリスマスパーティーのあとみんなで梯子するのかと思いきや、4分の3は帰ってしまいました(悲)「パーティー好きじゃなかったのかい!!」ということです。

一方で、メキシコの人達はよく言えば感性豊かというのでしょうか、理屈抜きにしてその場その時をよく楽しむ一方で、特に“愛”に関わることにはめっぽう感傷的になります。(正確にはそうなる人が多いということで、勿論全員がそうではない)サルサに“愛”に関する悲しい歌詞が多いのはこのことも関係しているのだと思います。

あと嫉妬深い人が多いとも感じますね。メキシコは所得の低い人たちが人口の大半を占めている状態です。それでも皆いい生活をしたい。まずは車を持つことが一つのステータスになります。車を持ったら如何に高級車に近づくかです。その為か、日本以上にベンツやBMW、アウディなど高級外車を目にします。皆さんステータスを得るのにめいいっぱい背伸びして、いい車を買おうとします。もちろんこれも一概にメキシコの人全員ではありません。

場合によっては家族であっても“嫉妬”の対象にされてしまいます。僕なんかたまに“外人”(=金持っている⇒嫉妬されるほど金あったら悩んでねぇよ!)というだけで嫉妬の対象にされてしまうほどです。(ガチ困)

ということで、いかに自分がスゴイ人物かを上手く“誇示”し、自分の縄張り見みたいなものを広げるのもメキシコでの世渡りを上手くやっていくにはある程度必要とされているようです。だから自己紹介の時はまず「私はロイヤーです。OOO大学で学部はOOOで、マスターはOOO、OOOの博士号を持っています。」と学歴を並べて始まります。だから大学を中退した僕は、、、メキシコ社会ではカスなんです。(辛)ロイヤーとか会計士とかエコノミストとエンジニアとか名乗れるものが何もない。(このツアーの仕事でうまくいったらやっとツアー会社の”社長”と言えます!(半喜))
まぁでもそこは、自分は自分で律義に行きて行こうと思っているから、どう思われてもいいと思っているので、それでそっぽを向く人は相手にしないようにしています。

といことで、“陽気でパーティー好きで賑やかい”という国民性だけではなく、やはり人間ですので暗い部分もあるのですね。人は見かけだけでは判断できませんね。だからこそ日々のコミュニケーションが面白くなるし、「なんで自分だけ、、、」と悲観的になる必要もないという事です。身に降りかかる良い事悪い事全部受け止めて、いい事が過半数超えていれば「良し」として、一度だけの人生、メキシコの人のように、「まぁいっか」と“陽気”に生ききるのもいいじゃないですか。

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