メキシコシティ(Ciudad de Mexico)
行くべき理由:
・【アステカ(正しくはメシカMexica)帝国の首都】が存在した場所で、当時の建造物跡を観られる
・ソカロ周辺及びその周辺、ソチミルコ、UNAM大学と【世界遺産】が3か所ある
・遠くは古代ギリシャに端を発する建築要素が入った16-18世紀の建物がみられる
・人類博物館にスペインによる入植以前の【人類の貴重な遺産】が展示されている
・メキシコ人の【庶民の娯楽を体験】できる
・映画【ROMA】の撮影地を見られる
・広大なメキシコにおいて、地方の【主要観光地へのアクセスのベース】となる
メキシコシティは今日ラテンアメリア経済のなかで最も重要な都市の一つです。歴史の観点からも上述の通り1521年のスペイン人の入植以前は、1460年頃からアステカ(正しくはメシカMexica)帝国が栄えていました。さらに古くは、メキシコシティの北東約45キロにあるテオティワカン(Teotihuacan)文化がBC200年からAC750ごろまで栄えていました。
メキシコ(México)という国名の語源は、メシカ(アステカ)帝国の伝説に由来します。有名なアステカという言葉は、昔アステカ人が住んでいたアストランという島に由来します。その地は未だに様々な説があり特定が出来ていないのですが、メキシコシティから北西部、今のナヤリットやサカテカス辺りだと考えられています。アストランという地名に人を表し「カ」を付けて、アストラン出身者を「アステカ」と呼ぶようになりました。アステカ人の間には「月」を崇拝する習慣があり、その月の神をメシトゥリまたはメシと呼んでいました。Metzitliと書きます。アステカ人の中にある戦士でありリーダーがいました。彼の名はウィツィロ・ポシュトゥリ。彼らは神からの「お告げ」を受けます。それは「ノパル(サボテン)にとまる一羽のワシがヘビを咥えている島に、アステカ人の首都を造るのだ」というもの。お告げを受けたウィツィロ・ポシュトゥリ率いるアステカ人を、彼らの神メシトゥリの従者を意味するメシカと呼ぶようになります。これにも語尾に「カ」を付けて人という意味にしたのです。時は流れ、戦士ウィツィロ・ポシュトゥリの後継者たちは1325年頃に、今のメキシコシティ中心部ソカロがある一帯にあった「島」に、メシカの首都テノチティトランを建設したのです。有名なウェイ・テオカリ(Huey Teocalli)通称テンプロマジョールの右側の台形の建造物がウィツィロ・ポシュトゥリに捧げられているのはこのためです。そして、ナワトル語で「場所」を意味する「コ」を語尾につけて、「メシの場所」を意味する「メシコ」となったわけです。当時はスペイン語のXをS行で発音していましたが、今はH行ですので、Mexicoと書いてメヒコという国名になったわけです。
アクセス方法:
成田空港から全日空(ANA)とアエロメヒコ(AM)がそれぞれ毎日運航しています。日本を午後に発ちますと、同日のお昼過ぎにメキシコシティー空港に到着します。飛行時間は日本からは約12時間、メキシコからは約14時間半
地図:
https://drive.google.com/open?id=1QG0QyEz3mJmn-DLhIrQRHuCpH7Tt9FeY&usp=sharing
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