「入社したのに入社した感じがしない」ってどういうこと?
メキシコ在住15年目、
「メキシコの素顔を世界に!」
をモットーに、
プロのメキシコ旅行ガイド兼ドライバーをしています岩﨑コウです。
今日もメキシコから書いています~
コロナのせいで、
毎年恒例の数々の行事が中止になってしまいました。
その一つが入社式ですね。
僕は入社式なるものに出た事がないので、
どういうものなのかいまいちピンと来ないんです。
数週間前に何かの記事で読んだのですが、
そんな“大事な”入社式に出られなかった新入社員の人達は、
同僚にも会えず、
「入社した気がしない」
と思っている人が多いらしいんです。
寂しいから積極的にオンライン飲み会開催しているとか。(苦笑)
「???」
「入社したのに入社した気分じゃないってどういうこと?」
「働いて、給料もらえれば十分じゃね?」
と僕は思うんです。
記事を読むとそんなに単純なものでもないようですね。(苦笑)
メキシコはと言いますと、
まず年度というのがないんですね。
一年は皆1月1日に始まるんです。
会計の締めも12月です。
学校は9月ですが。
次に、
一斉入社という概念が無いんです。
だからみんな好きな時に就職活動して、
好きな時に入社して、
好きな時に辞めて、
そしてまた入社して、
の繰り返しです。
だからそもそも
「入社式」
という言葉がない。(笑)
それをこの前メキシコの友達と話していたら、
「何のために?」
と聞かれました。
僕は入社式を経験していなく、
やる意味もないと思っている人間なので、
的確な答えができたかは分かりませんが、
一言でいえば「けじめ」のようなものと言っておきました。
入社式というセレモニーを節目として、
「今日から自分は社会人」
とか、
「今日から自分は~会社の社員」
といういうのな、
「自分ははれて何者である」
という事を自覚するためのもの、
と説明しました。
「間違ってます?」(笑)
そうしたら、
「へ~~~」
と、
なんか腑に落ちないような顔していました。(苦笑)
あとメキシコと違いを感じるのはこれです。
カジュアルな場で、
新しい人と出会って自己紹介などをするときに、
「仕事はなにしているの?」
と聞くじゃないですか。
一番出しやすい話題として。
みんなではないと思いますが、
日本の人の場合は、
「商社で働いています」
とか、
大きな会社だと
「~社で働いています」
と言う事が多いとおもんです。
少なくても、
「~を売っています」
とか、
「~部のマネジャーです」
とか、
「~のエンジニアです」
などという事は少ないのではないでしょうか。
(間違っていたらすみません)
僕はサラリーマン時代にはいつも、
「~を輸入してメキシコで売っています」
と言っていました。
つまり某商社の営業です。
ここで僕が感じる違いは、
日本文化では、
「自分と言うのはどこかの組織に所属することによって存在する」
という感覚でしょうか。
一方で、
メキシコ文化では、
もちろん名の知れた大企業で働く事による一種の優越感のようなものは無いことはないですが、
「あんたは何者?」
という事を重んじますね。
「エンジニア!」
とか、
「営業!」
とか、
「タコス屋のウェイター!」
とか。
今の僕でしたら、
「メキシコの素顔を世界に伝え、お客さんに新たな経験を提供する政府公認観光ガイド兼ドライバーです!」
と言います。
ここでは日本とメキシコどっちがイイ・ワルイではなく、
そういう根本的な違いがあるって言う事です。
昨日もちょっと書きました。
「アイデンティティ」
日本の場合は言ってみれば、
個々のアイデンティティを所属する組織が保障してるんだと思います。
その組織に所属することで、
「自分が認められた」
というような、
一種の「安心」が得られるのだと思います。
もちろんそうじゃない人も多くいると思いますが、
一般的にです。
だからリモートワークだと、
所属する組織が無いと、
冒頭の「入社した気がしない」
という感覚になるのではないでしょうか。
僕は10年以上所属した「組織」を出て、
今は完全に「個」を売っています。
でも「寂しい」とは全然思わないんです。(笑)
なぜならば僕は、
「岩﨑 功」
であり、
「メキシコの素顔を世界に伝え、お客さんに新たな経験を提供する政府公認観光ガイド兼ドライバー」
だからです。
その他の何者でもありません。
そんな日本のニュースを読んで気付いたので、
今回のネタにしてみました~
皆さんはどうお考えでしょうか?(笑)