メキシコ人の気遣い

メキシコ人の知り合いができるとよくご飯に呼ばれます。日本だとお客さんだから「どうぞこちらにお座り下さい」となって、ご主人さんかどなたかが、お客さんとお茶を飲みながらご飯が出てくるまで談笑して待つという光景がよくあると思います。(今もそうなんでしょうかね。ウチはそうでした)それが来て頂いたお客さんへの“おもてなし”とされている思います。そもそもお客さんや訪問者が、他人の家や台所でウロウロするのはあまり良く思われないし、訪問者も気を遣いますよね。冷蔵庫を他人に開けられることに抵抗を感じる人もいるとおもいます。

メキシコはといいますと、必ずしもそうとはならないようです。家庭によってもちろん差はありますが、僕が遭遇したあるケースはこうです。嫁の義兄の両親の家に招待された時のことです。もちろん遠い親戚ではありますので会ったことはありますが、それほど近い関係ではありません。遠方から到着して早々にご飯の時間になったのですが、束の間の休憩のあとホスト・訪問者総出でキッチンに立ち始め、気付いたら自分だけがテーブルに取り残されていました。(汗)スープを作る人、野菜を切る人、飲み物を準備する人、何か焼く人、フルーツを出して並べる人、、、みんな何かしているから「ヤバい、自分も何かしなくては!」となってウロウロするものの、何をしていいか良く分からないからとりあえずナプキンをテーブルに持って行ったり、とりあえずテーブルを拭いてみたり、コップを並べてみたり。(苦笑)

どうも、どこに行っても「何か手伝いましょうか?」と聞くことが“礼儀で気遣い”みたいのがあるみたいです。お客さんでも何もせずに座っているいるのはあまり良い印象は持たれない場合もあるようで、その辺を家庭ごとに見極めないといけないのが、13年いても難しいと感じますね。

一方で、臨機応変に“他人の気持ちを推し量る”ということはあまりないようです。というかできない人が大半のような気がします。今の日本もそういう風潮がある聞いたことがあります。日本の“おもてなし”にも一部通じることでもあると思いますが、「お客さんが何を考えているか、必要としているか」とか、友達や家族の様子を察して言葉と場を選んで話してみたりすることです。例えば、離婚したばかりの人の前で自分達の結婚式の話を平然とするなどです。まぁ、そんなことを言い出したらキリがなりのですが、ようは“自分が中心”となって物事をみているということです。悪い意味で“自己中心的”とはちょっと違うのですが、「どうしたら他の人・訪問者・お客さんが寛いでもらえるか、喜んでもらえるか」という視点は日本人ほど持っていないということです。だからレストランや店の店員の対応に愛想がなかったりします。それが普通で皆そういうものだと思っていますから期待はしないし、期待しないから目くじら立ててサービスの悪さをいちいち怒りません。

あまりにも社交辞令っぽく図々しくやるものではないので、一言声をかけてみて「大丈夫だよ」と言われればお言葉に甘えて家人のだれかと談笑していればいいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です