“先住民”や“インディヘナ”って一体だれ?

メキシコ在住15年目、

「メキシコの素顔を世界に!

をモットーに、

メキシコ公認ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑コウです。

 

今日の新聞記事で、

93.2%のメキシコ企業は、

このコロナ禍を乗り切るための公的補助を

一切受け取れていないとの事です。

5月から6月にかけて行われた、

5000社に対するアンケートでは、

約6割が一時的な休業を余儀なくされ、

その内5割弱が3週間以上の休業を強いられているとの事。

これからの経営は、

こういう事態に備えてせっせと準備金を積み立てておく他、

やりようがないようですね・・・

 

“先住民”や“インディヘナ”って一体だれ?

☝☝☝チアパス州シナカンタン村で/2011年11月

メキシコに関する本や様々なメディアを見ていると、

「インディヘナ」

「インディオ」

「先住民」

という表記があります。

 

僕はなるべく、

このような言葉を使わないようにしているんですが、

これには理由があるんです。

 

インディヘナはindigena

と書くのですが、

これはラテン語の

indeとgenosが語源なんです。

indeは「その土地の、国の」という意味、

genosは「本来の」とか「土着の」という意味です。

 

“インディヘナ”は、

1521年にスペイン人がメソアメリカを占領し始めた後に、

当時のスペイン人ジャーナリストたちがメソアメリカの“先住民”の呼称として“発明”した言葉なのです。

 

もう一つの“インディオ”は、

コロンブスの勘違いが由来ですね。

だから少なくてもメキシコでは、

「インディオ」というのは

根も葉もない間違った呼称ですので、

使わないようにお願いします。

 

このように、

“インディ”までは同じでも、

両者は全く別の言葉なんです。

 

元々は、

メソアメリカに住んでいた、

“先住民”の総称として使われた“インディヘナ”ですが、

次第と「過去の人間」という意味合いで使われはじめ、

インディヘナ=遅れた人間、劣った人間

という概念が定着し始めます。

 

更には、

19世紀にはそのような概念の普及が、

こともあろうに、

オアハカ出身のポリフィリオ・ディアス“大統領”によって加速するのです。

☝☝☝チアパス州シタラ村とグアキテペック村を繋ぐ道で出会った家族/2007年1月
日常生活でも民族衣装を着ます。

このように、

政治的、社会的に排他的に扱われてきた結果が、

90年代のサパティスタ民族解放軍(EZLN)の武装蜂起に繋がるのです。

このサパティスタの出現は、

この“インディヘナ”の概念に変化をもたらします。

 

メソアメリカの文化の末裔であることを誇りに思い、

“先住民”に対する慢侮に対して立ち上がったのですね。

 

メキシコでは、

この“インディヘナ”という呼称の使用をやめ、

ヘンテ・オリヒナリア

(gente originaria)

と呼びます。

文献を読んでいても、

そのような変化に気付く事も多くなりました。

☝☝☝チアパス州テネハパ村の新年の行事で/2007年元旦
この村の民族衣装です。

とは言っても、

こういう背景を知らない人が多いので、

“インディヘナ”が使われる事がまだ多いのが現状です。

 

“インディヘナ”と“ヘンテ・オリヒナリア”、

意味自体は「同じ」としても、

その概念は全く違うものです。

 

“インディヘナ”=

「過去の人達」、「遅れた人達」というイメージと、

“ヘンテ・オリヒナリア”=

「メソアメリカの文化に端を発する人達」という違いです。

これはとても大きな違いです。

 

“インディヘナ”

と言っても差別的な意味合いを含まない場合や、

“先住民”自身も気にしない人もいると思います。

でも、

そういった意味や背景があるという前提で、

僕は敬意も込めて、

ヘンテ・オリヒナリア(先住民)、

プエブロス・オリヒナリオス(先住民の村)、

と呼ぶ風潮に同調しているのです。

 

そもそも、

メソアメリカ(メキシコ)には確認されているだけでも124もの文化(言語)が

存在していたのです。

それを、

“インディヘナ”や

“先住民”

という抽象的な言葉で、

一括りにすること自体無理があるんです。

 

アジア人は、

日本人だろうが、

韓国人だろうが、

中国人だろうが、

みんな一緒

と言っているようなものです。

 

“先住民”も、

文字通り

「先に住んでいた人」ですが、

彼の生活は今でも続いています

彼らの文化も健在です

少なくても「過去のもの」というイメージを与える

“先住民”

という言葉の使用も違和感を覚えます。

 

その為に僕は普通に

「地元の人」

とか

「チアパスの人達」、

「オアハカの~村の人達」、

または、

「マヤ文化のツォツィル語圏の人達、あるいは村」

「サポテカ文化の人達」

と文化の名前や地名で呼ぶようにしているんですね。

 

その方が分かりやすいし、

何より、

彼らへの敬意も表せると思うからです。

 

いかがでしょう。

たかが“言葉”ですが、

その背景を踏まえると、

慎重になるべきポイントなんです。

 

ついつい、

“歴史の勝者”(ヨーロッパ人)によって書かれた“歴史”を、

それがあたかも唯一の事実かのように捉えてしまいがちですが、

“歴史上の敗者”、

つまりメキシコのケースのように、

勝手に乗り込まれれて虐げられた人達の側に立つと、

不可解な“言葉”というのは多くあるんです。

 

コロンブスのアメリカ大陸“発見”然り。

 

このような“小さな事”を知ってご旅行されるだけでも、

大分違った景色が見えると思いますヨ。(笑)

ナワ文化とトトナカ文化が混在するプエブラ州クェッツァラン村/2006年8月

 

#MexicoCentralTours

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