グアダルーペ寺院の建設。

メキシコ在住20年目、「メキシコの素顔を世界に!」 をモットーにリアルなメキシコをご案内しているメキシコ政府認定ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑功です。

前回はこちら↓
グアダルーペ寺院のはじまり
今でこそ、 年間に1100万人以上とも、 2000万人以上とも言われる人が参拝に訪れ、 バチカンに次ぐ、世界で2番目のカトリックの聖地グアダルーペ寺院。
最初の社(やしろ)は、 テペヤック山のトナンツィンの聖地に聖母グアダルーペが出現したとされる1531年に建てられました。

時は流れ、 1695年に、 現在寺院で象徴的な建造物の建設が始まります。
これ実はですね、 ソル・フアナさんの所でお話した、 あの憎らしき極右的大司教フランシスコが始めました。
奇しくも1695年は、 ソルフアナさんが死去された年なんです。 (関連性は無いと思いますが・・・)
幾つかある建造物の内で最も重要とされるのはColegiata de Guadalupe(コレヒアタ・デ・グアダルーペ) という建物。
入って正面に見える4つの塔があるのが特徴的です。
2000年に Expiatorio a Cristo Rey (エスピラトリオ・ア・クリスト・レイ)がつけられました。
旧バシリカ

上部には黄色のタイルで装飾が施され、 内部には“なぜか”イタリアから持ち込んだ大理石が使われ銅像などもあります。
旧バシリカ、 Expiatorio a Cristo Rey (エスピラトリオ・ア・クリスト・レイ) と呼ばれるこの建物は14年かけて1709年に完成します。
当初は“普通”の教会でしたが1749年にColegiata(コレヒアタ)、
その後も建設と整備は続けられ、 1904年にバシィリカという称号を得ます。
以降 Basilica de Guadalupeと呼ばれます。
屈辱的な場所でもある聖地
ところで、 メキシコがアメリカとの戦争に敗れ、 というかアメリカに侵略され、 領土の55%以上を失った際に署名を“させられた” 「グアダルーペ・イダルゴ条約」 はココで1848年に調印されました。
また後日説明しますが、 ミゲル・イダルゴと並び、 メキシコ独立戦争の英雄の一人ホセ・マリア・モレロスが捕らえられ、 銃殺される前にもココ↓に祈りに来ています。

ケネディ元大統領やシャルル・ド・ゴール元大統領も訪れるなど、 メキシコ国民のカトリック精神の基盤を成す場所となったのです。


で、グアダルーぺってどこからどうやって名付けられたのか。 次回をお楽しみに~
SNSにてメキシコの写真と動画を多数アップしています!
20年に渡りメキシコの社会にどっぷり浸かり生活している私から見た「メキシコの素顔」を、文章、写真、動画でご紹介しております。「飾らないメキシコ」をほぼ毎日撮り続けて1500投稿以上、日本語のメキシコ関連では最大規模のSNS!Mexico Complete Travel でも検索🔍いただけます。ぜひフォローをお願いします!
メキシコ旅行相談窓口
【人生のリバイバルコーチング事業】
私岩﨑はICF(インターナショナル・コーチング・フェデレーション)認定ライフコーチング業も営んでいます。
皆さんが一度限りの人生、限りある人生を有意義に生きられるようお手伝いさせて頂きます。
詳しくはこちらのホームページをご覧ください。



