メソアメリカの壁画のスゴイところ。

メソアメリカの壁画。

 

メキシコのメソアメリカの都市跡(遺跡)に行くと、

壁画があるところがありますね。

 

メキシコシティ周辺ですと、

テノチティトラン(通称テンプロマジョール)をはじめ、

テオティワカン、

カカストラ、

チョルーラ、

ソチカルコ

などに今日現在、

現存しています。

☝☝☝チアパスのボナンパック(Bonampak)の都市跡
600~800年頃に興りました。
神がいると信じられていた“空”での出来事を描いたと考えられています。
カカストラと並び、メソアメリカの最重要壁画の一つとされています。

 

メキシコ国内だけでも、

74か所

グアテマラやベリーズの

今日は他国のマヤ文化圏を含めると、

83ヶ所に現存しているといわれています。

 

すみません、

他国の事はよく存じ上げません、、、

 

メソアメリカの壁画の技法って、

日本の古墳の壁画と基本的に似ている、

というか同じなのです。

 

日本では、

6世紀後半のものと推測される、

絵具と絵筆を用いて描かれたという行為が確認できるのは、

福岡県の竹下古墳にある壁画が日本最古※とも言われています。

(※確かな情報源ではありません)

 

その他には、

奈良県の国宝の極彩色壁画で有名な高松塚古墳と、

高松塚古墳に続き国内で2番目に発見された壁画古墳としられるキトラ古墳ですね。

両方とも奈良時代(7世紀末から8世紀初め)の築造と推測されています。

メキシコではテオティワカンの末期頃です。

 

それで何がメキシコのメソアメリカ時代の壁画と似ているのか言いますと、

ベースとなる石などの上に漆喰層をつくって、

鉱物などを原料とする色料で色付けしていきます。

 

日本と同じように、

メキシコでは堆積岩の一つ石灰岩が豊富にあります。

これを高温で熱すると二酸化炭素と生石灰(酸化カルシウム)が得られます。

これを粉末状になるまで砕いて、

水を加える事によって水酸化カルシウムのペースト、

つまり生漆喰ができ、

これが乾いたものが漆喰です。

生漆喰の状態で石材でつくった壁に塗っていき、

表面を平にし、

半乾きの状態で鉱石から得られる色を付けて行きます。

 

ちなみに、

この石灰岩を焼く作業、

膨大な熱量が必要なんです。

たった1キロの生石灰を得るのに、

3~4㎥の木材を燃やしたのです。

テオティワカンではほぼ全面に漆喰が施されていたようですから、

いったいどれだけの木材を燃やしたのか、、、

これがテオティワカン崩壊の一因になった、

環境問題に起因したと考えられていまます。

 

話を戻しますと、

ようするにフレスコ画ですね。

ヨーロッパではルネサンス期にミケランジェロやダヴィンチ、

ラファエロなどの有名な画家も、

フレスコで創作していました。

 

この技法って、

彼らが活躍する15~16世紀よりも遥かに前から、

メソアメリカで既に使用されていたんです。

 

メソアメリカで最古の壁画は、

マヤ文化圏のグアテマラにあるサン・バルトロ(San Bartolo)

のものが紀元前100年頃とされています。

 

それで疑問が沸いて来ます。

 

ただでさえ保存が難しいフレスコ画、

例えば1498年完成のダヴィンチの“最後の晩餐”は、

現在ではオリジナルはほんの一部しか残っていないといわれていますね。

それにも関わらず、

それより遥か前に描かれた壁画が、

場所によってはかなり良い状態で、

今日まで現存できているのは何故か?

ということです。

 

メソアメリカのご先祖さんたちは、

色料をノパル(ウチワサボテン)のネバネバした樹脂と混ぜて使ったのです。

このことがカカストラ(Cacaxtla)の壁画の成分調査で、

“割と最近”の1994年にわかりました。

☝☝☝カカストラ(Cacaxtla)跡のテンプロ・ロホ(Templo Rojo)
テオティワカン末期から放棄後の動乱期エピクラシコ時代600~950年頃に栄えました。
ここで1994年にノパルの成分が見つかりました。
壁画の右の長細いものをCacaxtle(カカストゥレ)といって、
商品を運ぶための袋ののようなものです。
その左にそれを運ぶ人がいます。
Cacaxtlaの語源はCacaxtli(Cacaxtleが集まる場所)
からきています。

 

☝☝☝同じくカカストラ
当時の人達が信じていたものや生活が描かれた、
メソアメリカにおける最重要壁画の一つです。

 

絵画に詳しい方でしたら多分ピンと来たと思います。

そうです、テンペラ画での特徴です。

ヨーロッパでは卵(黄卵)を使いました。

 

ノパル以外には、

ヤニや植物の樹液なのど成分が見つかっています。

こういった樹脂は、

色料の粘土を高め且つ、

乾燥する過程で薄い膜を作ります。

これが壁画の耐久性を高めたわけです。

 

日本では、

例えば緑や紺色系の色を得るのに緑青、

つまり銅から得られる錆を使っていたと推測されています。

メキシコでは、

同じく錆を用いて黄色や赤またはチェリー色を得ていました。

 

こんな風にして描かれた、

何百年、何千年前のメソアメリカの壁画。

 

見た事がある方は分かると思いますが、

ぶっちゃけ抽象的でよくわからなかったりしますよね。

右手が二本あったり、

見えないハズの体や装飾の部位が不自然に見える位置に描かれていたり。

 

彼らにとって壁画は、

その場(建造物)で何があったのかを記す手段だったのです。

だから現実的な描写は二の次で、

重要とされたもの、

その当時に象徴的なものを、

不自然にも表に描いたり、

繰り返し描いたわけです。

こうして文字が無かった地域や時代に、

壁画によって当時の出来事を記録したのです。

 

こうして考えると、

非現実的な描写でない部分に何か重要なシンボルを読み取る事ができたり、

ヘビが人を飲み込んでいる描写を見ても、

なんとなく意味が掴めてくるのではないでしょうか。

 

残念ながら、

初期の段階で、

不適当で不十分な技術と知識により多くの壁画が扱われてしまい、

その為に多くの貴重な“遺産”が失われてました。

そして今後も失われ続けます。

一度失われたものは二度と戻りません。

 

我々人類の先祖が“壁画”という形で残した遺産、

興味が無くて良く分からなくても、

実物をみて感じるものを得るだけでも

“メキシコ旅行”の価値は格段に高まりますよ~。

 

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Ko Iwasaki