メキシコの首都があるメキシコシティってどんなとこ?

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今日のメキシコシティの様子

👆2022年のメキシコシティ。ここに紀元前1万年頃に人が到達したと考えられています。

 

一番難しい質問「メキシコシティってどんなとこ?」

これまでにも幾度か書いてきました、

メキシコの首都メキシコシティ。

 

「メキシコシティってどんなとこ?」と一言で聞かれて、

一言で「こんなとこ」って返答するのが難しい場所、

というのが僕の返答です。(苦笑)

 

メキシコシティってここ👇にあります。

地理的にもメキシコの中心にありますね。

実はこの所在地がですね、

この「場所」の発展に大きく寄与したのです。

 

今日、

メキシコシティは、

メキシコのみならず、

ラテンアメリカ経済、

文化・芸術の中心地であり、

現在の北中米のカタチになるまでのベースとなる、

数々の歴史的「事件」の舞台にもなってきました。

 

人口2000万、でももともと人はいなかった。

そもそも、

現在メキシコがある南北アメリカ大陸というところには、

人間は住んでおらず、

この大陸に人間がやってきたのは最後の氷河期が終わったころ、

ザックリと紀元前40000年以降、

ベーリング海峡を渡って3~4波に分かれて、

アメリカ大陸を南下し始めたのです。

 

南下し始めたっていっても、

現代のようにせっせと目的地に向かってまっしぐら、

というものではなくて、

ウン千年というものすごい時間を掛けて、

移動を続けたわけですね。

 

その初期の頃のものとされる、

人間の居住の跡というのが、

バハカリフォルニア半島という、

世界で最も長い1000キロ以上ある半島の中央部にあります。

👇ここ

紀元前8000~9000年ぐらいのものとされる壁画です。

 

今でこそ周辺も含めて人口2000万人を有する、

世界で最も人口が多い町の一つですが、

その最初というのは今から少なくても4万年以上前から始まった、

人類の大移動が原点です。

 

で、

そのヒトの流れがここ今日メキシコシティがある場所にたどり着いたのは、

紀元前1万年ぐらいとされています。

 

紀元前1万年・・・

日本はどんな時代でした?

 

定住型の生活が定着するまでざっと7000年。

それまでは採集民で、

植物を採りながらの生活でしたが、

紀元前1万年以降は石器や火を使うようになり、

狩猟ができるようになります。

植物の採集に、

マンモスなどの大型動物の狩猟が加わります。

 

そんなマンモスくんたちも、

紀元前7000年ぐらいに絶滅してしまい、

狩猟の対象はシカなどの別の動物に移行します。

 

ちなみに、

ヒトがアメリカ大陸に来た頃には、

現代の貴重なたんぱく源である、

豚や牛、鶏という動物はいませんでした。

移動手段としてのロバや馬もいませんでした・・・

 

メソアメリカの遺跡の壁画やレリーフに出てくるのは、

もっぱら・・・

鳥?ヘビ?ワニ?(苦笑)

 

あの作物の「栽培」がメキシコで始まります。

大型動物がめっきり捕れなくなってから、

人々は周りにある植物の「栽培」を始めるようになります。

でもこれも今日みたいに、

「ピーマンの種」、

「トマトの種」、

「唐辛子の種」、

を「さ、もう3月だから種まきするぞ~」

とやったわけじゃありません。(苦笑)

今日メキシコシティがある一帯でまず「栽培」されたのが、

ノパルというサボテンや、

テキーラの原料となるマゲイです。

👇これ

 

サボテンは焼けば食べられますが、

マゲイは食べるのには不向き。

特に繊維用です。

その後カボチャや唐辛子、

スーパーフードのアマランサス、(笑)

そしてインゲン豆。

あと忘れちゃいけないのがトウモロコシ。

 

👆これらって全部メキシコが原産で、

今日の日本の皆さんの食卓にあがっているのです。

 

といっても、

トウモロコシだって、

今あるようなたくさん粒がついているトウモロコシが、

その辺にドカドカ生っていたわけじゃなくて、

これって当時のメキシコの人達のトライ&エラーの賜物で、

テオシントゥレ👇という元祖トウモロコシから、

徐々に(と言っても2500年ぐらいかけて)改良を重ね、

やっと今日食べるようなトウモロコシの大きさになったのです。

こんな風に、

このマンモスくんのような大型動物が少なくなって以来、

メキシコがある地域では「農業革命」というのが徐々に、

スーパースローペースで始まったのでした。

 

ちなみにこれってメキシコシティがある一帯の話で、

それ以前にはすでに、

テワカンやオアハカ、あとはグアテマラでも、

人間による作物の栽培と定住の痕跡が見つかっています。

だからテワカンとオアハカについては、

ユネスコの世界遺産に指定されていて、

僕もお客さんにご案内をしております。

 

ようするに、

世界にあるカボチャ、インゲン豆、トマト、唐辛子の出生地。(笑)

 

有名な遺跡の時代は定住型生活が始まってからの時代。

そんな風に、

農業革命とともに、

人々の生活はノマド式から定住式に徐々に変化していったのでした。

そしてその「定住」が、

このメキシコシティ一帯で完了したのが紀元前3000~3500年ぐらい、

と言われています。

👆以前は2500年頃と考えられていましたが、

新たな調査の結果で1000年ほど繰り上がるようです。

 

僕はお客さんにメキシコの古代史を説明するときには、

敢えてスペイン語の名称のまま説明するようにしていて、

スペイン人が来てヨーロッパ化が進む前の時代は、

大きく分けて3段に分かれますよ~と言っているんですが、

その1段目をプレ・クラシコ期というんですね。

プレ=前、クラシコ=古典。

この新しい調査結果によって、

プレクラシコ期が紀元前2500年から3500年まで繰り上げられるという、

ある種の論争にもなっていますが、

細かいことは良いとしまして、(苦笑)

今日のメキシコシティがある盆地一帯では、

だいたいそれぐらいの時代に、

定住型の生活が始まったということだけ覚えておいてください。(笑)

 

次回にですね、

その定住以降の人々の生活を見て、

どうやってテオティワカンやアステカで知られるメシカのような、

大帝国ができたのか、

新幹線ぐらいのスピードで見ていこうと思います~

 

では今日はこれで~

 

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