メキシコの人達にとって12月12日が大切なワケとメキシコがカトリックの理由・後編


 

 

メキシコ在住16年目、

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メキシコの人達にとって12月12日が大切なワケとメキシコがカトリックの理由・後編

 

というわけで昨日の続きです。(笑)

メキシコのカトリック教・前編

 

その前にいつもの前置き。(苦笑)

前置き不要な方は※まで飛ばして下さい~

 

先月の今年最大のツアーが終わった後は、

仕事というか、

経理関係の整理や身体のケアをしたり、

来年に向けて作戦を練ったり、

それに伴って僕が苦手な(苦笑)ネットビジネス関連のお手入れをしたりと、

本業の観光ガイド以外の仕事が増えて、

それなりに忙しくしております。

 

昨日は昨日で、

イミグレ(入管)である手続きをしに行ったんですが、

アポ制でアテンドしてもらえず終い。

そんなことはど入管おサイトには書いてないのに、

「はい、アポとって出直してね~、あ、ちなみに次の空きは2月だよ~」

とあっさり言われ、

怒りではなくて、

諦めることができました。(苦笑)

 

僕のサイトへのアクセス数も、

コロナの割に、

というかむしろコロナ前より良く、

多くの方々に訪問頂けるサイトになりとても嬉しく思うのです。

特に広告費をかけない自然検索で訪問頂ける方々の数がダントツトップで、

大海に浮かぶ直径1mぐらいの島のような僕のサイトを、

巨大モンスターのグーグルさんにも評価して頂けているようなんです。(苦笑)

 

今後は更にサイトに磨きをかけて、

もっと皆さんがウキウキするようなものにしたいんです。

必要であるならば、

おカネを払って店舗の内装チェンジをするなど、

ガイド業以外の投資をするなどして、

ビジネスマンとして動いていく必要性をより高く感じております。(笑)

 

しかしネットの世界は広い・・・

時間が掛かればおカネも掛かる・・・

でも、

自分が知りえなかった世界で、

小型の手漕ぎ船で漕ぎ出すのも悪くないですね。(苦笑)

自分で漕ぎ始めてもう2年半。

その内3分の2はコロナで食料不足でスピードを緩めていますが、(沈)

むしろ僕には、

会社というおっきなスクリューがついた大型・中型船より、

やっぱりこっちの方が向いている気がしてきました。(笑笑)

ご連絡頂く皆さんや、

まだご連絡は頂いていなくても僕のメキシコブログ【キオテ通信】を読んで頂き、

僕の存在を知って頂いた方々、

この小型船を漕ぎださなければ見つけて貰えなかったわけです。

それだけでもとてもスゴイことだなぁと思うのです。(自己満)

 

はい、すみなせん、また前置きが長引きました。

 

昨日はキリスト教の教派についてザックリ書きましたね。

キリスト教と言っても、

正教会、カトリック、そしてプロテスタントなどと、

いろんな枝に分かれていったという歴史のお話し。

そして大航海時代、

スペイン人が西に船を進めて辿り着いたアメリカ大陸。

その中で最も早い段階で入植を始めたメソアメリカ(今のメキシコ)。

それがちょうどプロテスタントの流れが始まった1510年代後半。

今日のスペインがあるイベリア半島は、

西ローマ帝国でしたから、

宗教は正教会ではなく、

カトリックの流れになります。

だからスペインに入植されたメキシコや中南米は、

正教会でもプロテスタントでもなく、

カトリックなんですよ~、

というお話でした。

 

アメリカ大陸におけるカトリックの原点。

それがメキシコシティ北部にある、

通称グアダルーペ寺院。

正式名称はBasílica de Santa María de Guadalupeと呼ばれる場所。

 

昔、

というのは500年前、

ここはテスココ湖という湖の湖岸だったんです。

☟こんな感じ

☟赤点がメキシコシティ中心部。黒の太線が現在のメキシコシティ。

 

で、

そこに何があったのかというと・・・

母なる神トナンツィン(Tonantzin)が祀られていたんです。

母なる神?

メシカ時代は多神教で色んな神がいたんです。

それを束ねる存在だったトナンツィン。

そのトナンツィンが祀られていたのがテペヤカク(Tepeyacac)。

ナワトル語で「山の鼻先」と直訳できます。

今日ではテペヤカクはテペヤックと呼ばれいます。

 

もうお気づき?

アステカで知られるメシカ時代の「神々の神」、

「母なる神」トナンツィンが祀られていたテペヤカク(テペヤック)に、

スペイン人の思惑で、

カトリックの神の母、

聖母グアダルーペを同じ場所に「出現」させたのです。

しかもマリアさんのように白人ではなくて、

アメリカ大陸の人々のように「褐色」で。

 

実は「聖母」の肌の色を白ではない色にした例は、

メキシコが最初ではありません。

スペインのサンヘロニモにある聖母さんは褐色というか黒です。

この地域はアラブ人との戦いがあった地域ですからね。

☟スペインの黒い聖母

 

この聖母グアダルーペが「出現」したのが、

植民地化が始まってから10年経った1531年の12月の話。

 

この聖母グアダルーペさんの「出現」ストーリーも一度だけではありません。

資料によって4回、5回、そして6回とするものがあります。

 

ことの発端はこうです。

1531年の12月9日、

クアウトゥラトアツィンという若者が、

このテペヤカクの丘を歩いていました。

すると「歌」のようなものが聞こえてきて、

上を見上げると太陽が燦々と輝いていて、

そこに「聖母」を見つけるのです。

「聖母」は彼に

「トナンツィンの地に寺院を建て、これをスマラガ大司教につたえるのよ」

と伝えます。

 

クアウトゥラトラツィンはスマラガ大司教に伝えますが、

相手にしてもらえません。

その日にもう一度「現場」に戻ると再び聖母を目にします。

再度スマラガ大司教にその事実を伝えますが、

何か「証拠」を持って来るように頼まれます。

翌日12月10日に「現場」に戻り、

聖母にそれを頼みます。

 

11日は同居する叔父が体調を崩し聖母に会いにいけません。

 

そして12月12日、

聖母は約束通り、

クアウトゥラトアツィンに「証拠」を差し出します。

それが「バラ」だったようです。

彼はその不思議な「バラ」を、

持っていたアジャテ(Ayate)というネットというか布のようなもので

その「バラ」を包み、

スマラガ大司教の元に向かうのです。

そして大司教に会うや否や、

その包みを広げます。

すると「聖母グアダルーペ」が描かれているではないですか!

 

それが昨日の写真であり、

だ・か・らこの12月12日という日が、

メキシコにおける、

アメリカ大陸におけるカトリック教徒の間で最重要の日とされ、

500年後の現代にも、

遠方から「自力」でこの聖地に巡礼に向かうという、

恒例行事が続いているというわけ。

ちなみにクアウトゥラトアツィンはこの「事件」により列聖され、

後に「フアン・ディエゴ」と名付けられます。

☟彼の家

もう一度いいますが、

アメリカ大陸で最初にカトリックが広まったきっかけ、

のお話しです。

👆ここが重要。

 

このように、

なんでラテンアメリカ、

メキシコでキリスト教の中でもカトリックなのか、

なんでテペヤカク(テペヤック)に、

グアダルーペ寺院が建設されたのか、

なんで12月12日が多くのメキシコ人のみならず、

ラテンアメリカのカトリック教徒にとって重要な日なのか、

というお話でした~。

 

ざぁーと書いたので想像しづらい部分もあると思いますが、

続きはメキシコで。(笑)

 

ではまた~

 

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