もしメシカ(アステカ)がプレペチャと同盟を結べていたら・・・?(後編・2/2)


メキシコ在住16年目、

「メキシコの素顔を世界に!をモットーに、

複雑で広大なメキシコを【お得】で【楽】で【濃厚】完全プライベート日本語ツアーで、

いつかまた戻ってきたくなるメキシコ旅行を提供しています、

公認日本語ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑コウです。

 

今日も呑気にメキシコから書いています~

 

もしメシカ(アステカ)がプレペチャと同盟を結べていたら・・・?(後編)

👆チンツンツァン遺跡の石垣に残る門柄。何を意味するのでしょう~

 

前回の続きです~☟

もしメシカがプレペチャ帝国と同盟を結べていたら?・前編

 

本題に入る前に(笑)

昨日はお客様をご案内して参りました~

グアナファト方面です。

👆昨日の僕です。お客様に撮って頂きました。

 

一応スケジュールは決めたものの、

幸運にも早めに目的地のグアナファトに着けたので、

2時間延長して頂き、

ドローレス・イダルゴとサン・ミゲル・デ・アジェンデを追加で訪問!

帰りについでにケレタロもドライブ!

 

メキシコ史上、

最重要と言っても良い3都市を回ることができました。

これにモレリアが入ると、

「メキシコ インデペンデンス ルート」

を制覇となるんですが、

さすがに1日だとムリです。

 

でもドローレス・イダルゴのあの「現場」

を見て頂いただけでもものすごく価値がある事なんですね~。

 

帰り道は雨に降られ、

予期せぬ渋滞にも遭い・・・

1時間半も到着予定時刻に遅れてしまいましたが、

無事にツアーを終えることが出来ました。(喜!)

 

長旅、本当にお疲れ様でした!

今度はぜひ、

旦那様とごゆっくりいらして下さい!(願!)

 

てなわけで、

本題です。

 

あの強大な勢力を誇り、

地方の広大な地域を支配していたメシカとその同盟国が、

いくらやっても攻略できなかった地域。

 

マヤ圏など1000キロも離れているなだまだしも、

プレペチャ圏はその目と鼻の先。

 

このプレペチャの防衛成功劇の裏には、

精銅技術、

つまり丈夫な武器を持っていたからというものがありますが、

これはどうなんでしょうねぇ。

 

プレペチャの旧首都パツクアロ南30分ぐらいの所にある

サンタクララという村では銅製品の製造が盛んですが、

この信憑性についてはまたちゃんと調べますので、

今回はご参考までにという事で。(苦笑)

 

プレペチャ帝国の勢力は、

現ミチョアカン州を始め、

ハリスコ、

グアナファト、

ケレタロ、

メキシコ州の一部にも及びました。

 

テオティワカンとかマヤとかサポテカなどの

有名強大文化に比べれば、

その知名度は断然低いものですが、

上述のように、

決して弱小文化ではなかったんですねぇ。

 

僕の推測になってしまうのですが、

たぶん、

上記のそれらの文化のように、

巨大な都市、

ピラミッドなどの巨大な建造物がないから、

あまり観光地としては「知られていない」のだと。

 

でも、

スペイン人が来るまでのメソアメリカ時代末期に、

現メキシコの中西部一帯を掌握していた立派な文化なんです。

 

その勢力がどんなものかというと、、、

 

あの強大で絶頂期だったメシカ帝国を

最低2度大きな戦い(1477と1517年)で、

撃破しているんです。

 

そんなメシカは、

1519年にスペイン隊がメキシコ湾側に現れた時も、

その動きを察知したメシカ人は警戒し、

この西の強固な文化と同盟を結ぼうとし、

3回に分けて使者を送るのですが、

いずれも断固として拒否された上、

少なくても2回目、3回目のメシカの使者計13人は殺されています。

 

更に悪いことに、

このメシカ人はプレペチャ族にとって、

文字通り「招かざる客」となる事件が起こります。

 

1520年の秋口に、

2回目の使者3人をプレペチャ帝国に送った時のこと。

 

その内の一人が天然痘に感染していたんです。

これが当時のプレペチャの首長とその側近を死に至らしめたのでした。

 

どこから天然痘が出て来たのかというとですね、

これはスペイン人の大将エルナン・コルテスの功績に嫉妬した

キューバの初代総督で同じスペイン人のディエゴ・デ・ヴェラスケスが、

同じスペイン人のエルナン・コルテスの仕事を妨害しようと

メキシコに送り込んだパンフィリオ・デ・ナヴァエス率いる一行が感染源と言われています。

 

その隊に同行していた

カリブ出身の先住民が天然痘に感染していたとか。

 

そこから、

ベラクルスのセンポアラの合戦で戦ったメシカ人に感染し、

首都テノチティトゥランに持ち帰り、

さらに感染を広げたというもの。

 

というのも、

この病原菌はメキシコの地に存在していなく、

外国人を通じて

免疫力がなかった土着の人への感染が急速に進んだのでした。

 

この時の天然痘の蔓延により、

当時のメシカの第10代皇帝(トラトアニ)クィトラワックも死亡しており、

後にメシカ帝国の弱体化に繋がり、

スペイン人の侵略を許した一因ではないか、

とも考えられています。

 

いずれにせよ、

2度のプレペチャの撃破、

3度のプレペチャによる同盟拒否。

 

もしこの二つの強大な文化が同盟を結び、

スペイン人に対抗していたとすれば、

歴史は変わっていた~!?

 

ぜひ現地に行かれて、

当時の様子を想像してみて下さ~

 

では~

 

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