NASA があるヒューストンって何?/アラモの戦い

ヒューストン。

これはスペイン語でも英語でもありません。

NASAの宇宙センターがある事で知られている、

テキサス州の街の名前ですね。

 

これは人の名前です。

ココからテキサスの始まりと、

メキシコとの関係が分かります。

 

今回も歴史にご興味無いからはスキップしてくださいねぇ。

 

先日、

アメリカの南西部、

カリフォルニアとかアリゾナとかテキサスが、

元々はメキシコ領であったということを

少しお話ししました。

だからアメリカにはスペイン語の地名が多いという事でしたね。

 

メキシコ領の割譲の話は、

実はメキシコがスペインから独立した1821年12月からあったんです。

 

その始まりはテキサスでした。

日本はペリー来航の22年前

1641年から続く鎖国時代の末期です。

 

これに先立ちアメリカはスペインの了承の元、

300家族とその奴隷2000人を

テキサスに移住させていました。

メキシコの独立を知って、

アメリカはメキシコ側にテキサス領を

500万ドルで買い取るオファーを出しますが、

成立しません。

 

1833年にテキサスがメキシコからの分離を正式に申し出ますが、

当時のメキシコ“大統領”サンタアナがこの動きを鎮静化させます。

(なぜ“大統領”なのかはまた後で書きますね)

しかしテキサスは、

1836年3月1日に強引に独立を宣言します。

これに反対したサンタアナが、

現在のサン・アントニオにあるアラモの教会に

陣取っていたテキサス独立軍を奇襲します。

これが有名なアラモの戦いです。

☝☝☝テキサス州サン・アントニオにあるアラモの砦

メキシコ軍は東へと進行を続け、

テキサス軍は、

現ヒューストン市の東にあるSan Jacinto(サン・ハシント)川で、

4月22日にメキシコ軍を逆襲(リベンジ)して勝ちます。

この時にテキサス軍を率いていたのが、

元テネシー州知事のサムエル・ヒューストン(Samuel Houston)。

この勝利により、

テキサスはテキサス共和国として、

メキシコから完全に分離・独立し、

ヒューストンは初代大統領についたのです。

 

その後、

メキシコ軍に勝利したサン・ハシント川の西に建設した街はヒューストンと命名されました。

 

サンタアナは“幸い”にも、

アラモの戦いの責任を負わされ殺されることはありませんでした。

これは当時のアメリカ大統領アンドリュー・ジャクソンが

秘密結社フリーメイソンのメンバーであり、

サンタアナもそうであったためです。

 

テキサスはこの9年後の1845年5月18日に、

アメリカ合衆国に統合されます。

 

これが、メキシコがテキサスを失った過程です。

 

この後、

1839年には、

チワワ州、コアウイラ州、ヌエボ・レオン州、ドゥランゴ州、サカテカス州が、

リオ・グランデ共和国として独立しようとしますが、

自治権を与えることで独立を阻止します。

 

こんな風に、

テキサスの独立を機に、

アメリカのメキシコ領への侵略が加速するのです。