自殺するくらいなら。

自殺する勇気がある人。

 

昨日、

不毛なやり取りが多くてあまり見たくないツイッターを、

仕事なので、

と嫌々見ていたら、

サッカーの本田選手が、

「自殺はするな」

って書いていました。

 

僕も同感です。

 

ちなみに僕はこのコロナ騒動の中“完全無収入”です。

ってことは、

立場的にクビ切られた人達と同じなんです。

社会から必要とされていないんですね。

だって、売るサービスやスキルはあるのに、

売れない。

ってことは社会がそれを必要としていないから。

とういうことはですよ、クビです。

 

既婚、脱サラ、37にして無収入ですよ。(苦笑)

しかもこれ、あと何ヶ月続くのよ?

それだけ聞いたらなんて惨めなんでしょう。

同級生にいるのかなこういう状況にいる人、、、

 

なんてことを書いていると、

なんかクスって笑ってしまうんです。

ホントに。(笑笑笑)

「自分いい年して何してんの?」って。

 

今嫁が目の前にいて、

フアン・ガブリエルの

No tengo dinero(金がねぇ)

がかかっていて。

「お前、俺をいじくるな」って言ったところです。

でもその後に続くんです。

「あげる愛だけはある」

と。

 

日本を離れてあまり“自殺”というテーマが、

生活に出て来ないメキシコにいるので、

不景気=自殺というリンクに、

「あーいかにも日本らしいなぁ」

と思ってしまいました。

 

でも自分を殺すって、

スゴイ勇気とかパワーだと思うんです。

 

いや、ホントに殺さなくても、

同調するために“自分を殺す”のも、

耐えがたい苦痛なのに、

ホントに殺すって、

どういう心理なのか。

 

僕はですね、

実は20代のころ、

何をやってもうまく行かない現実に嫌気がさして、

「あーもう疲れたわ。どっか誰も知り合いがいない山にでも行って、

細々として暮らして死にたい」

なんてふと思ったことも少しありました。

 

時は遡り、

小学校時代の劣等感の塊だった半不登校時も、

自殺という文字は頭になかったですね。

でもあれはあれで結構拷問的に辛かったけれど、、、

だってその現実が終わるわけでもなければ、

改善されるわけでもない。

ずーっと同じ調子で毎日が続くわけですから。

 

死のうと思うなら、

もう自分の未来はない、

って思っているんですよね。

じゃあもう心配するもの何もないじゃないですか。

 

だったら貯金とか家とか持ち物全部売って現金にして、

貧しい国に旅行してみればいいのです。

 

僕はそうしました。

 

大学を退学し、

貯めた金は全部おろし、

両親には親不孝もいい所、

日本にあった何もかもを捨てて、

外国に逃げました。

 

世の中には、

自分の現状よりカナリ劣悪な状況で生きている人たちが沢山いるのです。

 

メキシコだって多分に漏れず。

テオティワカンの気球会社で働いている

僕のガイドの知り合いだって、

46歳妻子持ち、

月収は5万円ぐらい。

 

でもこのおっちゃん、

底抜けに明るいんです。

まぁ悩みが無いと言えばウソですが、

でも力強く生きているんです

50を手前にでガイドになろうと、

若い衆に交じって勉強していました。

 

そこはやりようだと思うのです。

 

確かに日本は、

人によっては絶望させてしまう社会だと思います。

できる人とかできている人が、

「こうすべき」とか「こうしないとこうならない」

とか、全てを画一化して言っているんです。

 

でも、そもそも人ってみんな違った境遇で育って、

違った能力や嗜好を持って生きていますよね。

 

だからそもそも「そうすべき」

みたいな事って無理なんです。

 

僕の場合はそれを感じたので早々外国に逃げました。

完全に逃げでしたね。

そうやって生きるのは無理だと分かったので。

だからその後は自分はもう死んだつもりで、

とにかく目の前の事を一生懸命やりました。

 

だから、

窮すれば通ず。

もう死んだつもりで、

文字通り死中に活を求めれば、

何か動きます。

自分のポテンシャルを信じた方がいいです。

そうでないと勿体ない思いますね。

 

有名人があーだのこーだの言っているのをもう聞かない。

こうすればこうなる、っていう人生のハウツー本みないなものはもう読まない。

人に愚痴るのをやめて、息を止めて突っ走ってみる。

固定観念と常識とか、そんなものは捨ててみる。

(本当に頭狂っちゃって暴力に走る人がいますが、それはダメですよ)

 

何か「くそくらえ」根性でやってみると、

ヒョウタンから駒が出るかもしれませんし、

別に出なくてもいいんです。

「くそくらえ」でやると、

スッキリするんですね。

生きている感を感じるみたいな。

 

最後にもう一度。

もう死ぬ気でいるなら、

北斗の拳の言葉を借りて、

「おまえはもう死んでいる」

と思ってバーンと卓袱台ひっくり返せばいいんです。

 

ようは、

精神的にも肉体的にも、

これ以上自分で自分を殺す意味はない

ということです。