
何年住んでも「ガイジン」です
今日も開いていただきありがとうございます。
人の移動が当たり前になった今、日本人が海外に住むことも、外国人が日本に住むことも珍しくなくなりました。特に都市部では、「外国人」を見かけるのは日常の一部ですよね。
僕は年に2度日本に帰りますが、東京の外国人の多さには毎回驚かされます。大学時代に3年住んでいましたが、当時とは明らかに違う印象です。
そんな僕自身も、メキシコでは「ガイジン」です。
どれだけ税金を納めても、どれだけ仕事で貢献しても、僕は“他人の国に住まわせてもらっている側”。
この感覚は、何年経っても消えません。
ガイジンだから持ち上げられることもあれば、ガイジンだから不利な状況になることもあります。
日本人というだけでリスペクトされたり、ガイジンだからというだけで「責任転嫁」されることも。
高速道路ではガイジンというだけで執拗な車内検査や書類検査が行われます。容姿が違うだけで検問で止められます。
もう20年ですが、この部分はずっと変わらないでしょう。
外国人と結婚して思うこと
そんな僕も、メキシコ人の妻と結婚し、この地で人生を歩んでいます。
外国人と付き合う・結婚するってどういう感覚なのか。
多くの日本人にとっては、どこか憧れやロマンがあるかもしれません。正直、僕もそうでした(笑)
実際、自慢じゃないですが、妻と出会う前には他のメキシコ人女性たちともデートしました。
でも、メキシコ在住20年の経験から言えるのは――
メキシコでの国際カップルは長続きが難しいケースが多いという現実です。(沈)
もちろん個人差はあります。僕のケースが全てではありません。
もしかしたら、このようなケースは僕だけかもしれません。(苦笑)
結論、もう13年も一緒にいますが、どうしても相手のことは100%わからないということ。
その逆もそうで、相手も僕のことを自分が定める合格点以上わかっていない、ような感覚。(苦笑)
この「お互いよくわかってない感」というのが、どうしても大事な場面で邪魔をするんです。
「おれ、そんなつもりでやってないんだけどなぁ」と感じながらも責められ続ける、みたいな。
「この人、ホントにわかる気あんのかね?」と感じながら。
もちろん相手もそう思っているでしょう。
これは各々の性格や人格にもよる部分もあるので一概にどうとか言えません。
でも、まわりの友人ともそんな感じしますね。
話しているとちょっと的外れのこといわれたり。深追いしませえんが、そうだよね、分かってくれないよね・・・と区切りをつけます。
わからないし、わかってもらえてない、という感じ。
それが文化なのか、言葉なのか、ただの性格の問題なのか、はたまた僕の人間性なのか、いまでもわかりません。(苦笑笑)
なぜ長続きしないのか
理由はいくつかあります。
まず大きいのは、家族との距離感。
メキシコでは家族のつながりがとても強く、頻繁に集まります。頻繁でなくてもパーティーがある。
さらに友人関係も濃いから、一緒にご飯という機会も多い。
つまり、相手と付き合うということは、
そのコミュニティに入ることを意味するんです。
ここで問題になるのが、たとえば
- 冗談を言い合う
- バカ話をする
- ダンスする
- ノリに乗る
こういう“メキシコの空気”に入れるかどうか。
語学ができても、これができない人は意外と多い?
僕も最初はパーティーで完全に孤立して、悔しくて、惨めで、「これは無理だ」と思いました。
だから、俗語もダンスも覚え、今ではパーティー大好き人間。そういうのをパリピというのか。
僕はこの点は完全にクリアしています。
がぁ・・・
相手家族との“戦争”が勃発し、今は紛争状態。
これも文化的なものいえばそうかもしれんが、そのことが日本で起こったことであり、しかも僕の家族に影響がでたことなので、「文化的なもの」で済ませられないのです。
あちらさんが「ここはメキシコなんだから」というのであれば、僕は「いやいや、あなた達がしたことは日本の僕の実家です」となる。
でも相手さんはそんなこと知ったこっちゃないって感じなのです。
つまりこれが何を意味するのかというと、こちらの家族関係は何があっても自分の家族を守るということ。
たとえ自分の家族が無礼を働いても、自分の家族を“守る”。
もちろん謝らない。
だから僕は今独りなんですよ。妻は自分の家族を見捨てられないから。見捨てるなら旦那(僕)らしい。(痛笑)
言葉が分かっても、分かり合えない
もう一つは、文化的な価値観のズレです。
僕は妻とかれこれ13年の付き合いで、スペイン語はほぼ問題ありません。
でも、それでも分かり合えない部分は確実にあります。
例えば、
- 他人や他文化への配慮の仕方
- 物事の優先順位
- 感情の扱い方
悪く言えば「自己中心的」に見えることもある。
でも、相手に悪気はない。
だから話し合っても、結局は平行線になることが多いんです。
結局、家族のために自分を犠牲にするということをしないらしい。
たとえば家族のためなら、今お皿を洗う、今お買い物に行っておく、ご飯を作ってあげる、というような、たとえ自分の仕事量が増えても、それで最終的に家族の時間がふえ、みんな喜んでくれるんなら、僕はすすんでやってあげたい。
でもこっちの人はそうは考えないらしい。
自分がやりたいか、やりたくないか。自分が楽しいか楽しくないか。というところが判断基準になるらしい。
つまり、~のためなら自己犠牲するというのがないから、洗い物はたまる、冷蔵は空になる、お昼になってもご飯がない、といった状況にある。
その辺の配慮というか、家族のための自己犠牲?、優先順位のつけかた?呼び方は分からないがぶっちゃけ「う~ん・・・」となることがある。
海外生活は“かっこいい”だけじゃない
ほんの一部ではあるが、こういう↑現実を受け入れられるかどうか。
それが、海外で生きる上で一番重要なポイントだと思います。
正直に言うと、
海外生活って、そんなにキラキラしたものじゃないです。(苦笑)
SNSで見るような世界は一部であって、
- 孤独
- 文化の壁
- 理解されない感覚
こういうものと向き合う生活です。
もちろんうまくやっている人はいるでしょうが、僕みたいに不器用なひとも多いハズ。
一つ決めたことは、「自分を大事にする」ということ。
上に書いたような「自己犠牲」ばかりしていたら自分がもちません。これは相互にやって初めて成立すること。
だからしっかり線引きしたり、しっかり約束して任せたり、自分でケジメの線を設けることだと思っています。
相手の家族との関係もそうです。線引きしないといつの間にか自分に責任を擦り付けられています。自分の問題と相手の問題をしっかりわけ、相手の問題には関わらないことを徹底すること、それが今実行していること。
それでも、ここで生きる
そんなに大変でも僕は、メキシコで生きていますしこれからも生き続けるでしょう。
ガイジンとして。(汗笑)
完全には受け入れられない立場のまま。(悲)
でも、それも含めて「海外に住む」ということなんだと思います。
どなたか大変なご体験されているかたがいらっしゃいましたらコメントください~(笑)
ではまた~
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