「死者の日」とメキシコ中央部を網羅する季節限定ツアーです
オアハカ・ミチョアカン・メキシコシティの「死者の日」総なめ+α
「メキシコの死者の日」をじっくり深く知りたいという方におススメです。
「メキシコの死者の日=仮装パレード」、「死者の日=ガイコツペイントしてお墓巡り」というイメージが独り歩きしてしまっていますが、それは本来のメキシコの伝統ではありません。
当方の「死者の日スペシャルツアー」では、現代の「死者の日」の表と裏、その原点を感じられるよう、一般的なツアーでは行けない複数の地域と町へご案内いたします。
「死者の日」の習慣はもちろん、その地域の周辺や移動の途中にあるスポットにも立ち寄りながら回りますので、「死者の日」と「メキシコの素顔」両方を見られ、一度で二度得をする季節限定のスペシャルツアーです!
2025年の死者の日ツアー受付中!
11月1日と2日の「死者の日」を挟み、最低8日間のツアーより承ります。8日間以上であれば、観光の内容は自由に組み合わせができます。
ワンオペでやっている関係で毎年一枠しかありません。お問い合わせはお早めにお願いいたします!先着順でご予約を承ります。
このツアーで行くことができる場所の例
8日間:オアハカ州+ミチョアカン州+メキシコシティ+プエブラ州
9日間:+グアナファト州+ケレタロ州
10日間~:+ベラクルス州
メキシコの死者の日とは
メキシコの【死者の日 Día de los muertos】はユネスコ(UNESCO)の無形文化遺産に2008年に登録されました。その他に無形文化遺産としてミチョアカン州の郷土料理とマリアッチも登録されています。メキシコはピラミッドとビーチだけではなのです!
メキシコの死者の日は、家族で集まりお墓参りに行くという点で、日本のお盆の習慣と類似している点が多いです。これはスペイン人による植民地化以前から存在していた「死=秋の収穫」から新たな「生=春の発芽」を生むと信じる信仰とその習慣が、スペイン人が持ち込んだヨーロッパのカトリック教の文化と融合したものです。
1521年にスペインの文化が入る前の人々は農作物の収穫時期と連動した独自の暦(カレンダー)を持っていました。その暦の終わり、つまり収穫=“死”というのが現在の10月にあたります。一方カトリックの文化では11月1日というのは諸聖人の日、メキシコでは「子供の死者」の日です。11月2日は「死者の日」で、メキシコでは「大人の死者」を迎えます。メソアメリカ時代の習慣をスペイン人がカトリックのカレンダーに合わせ、メキシコではこの時期に「死者の日」として祝われています。
さらに言えば、地域によっては10月28日には事故や災害で亡くなられた方々、10月30日が洗礼を受けていない子供達のための死者の日としている場所もあります。
一般的には死者が迷わずにかつての自宅に到着できるように、家の中に祭壇をつくり、生前の写真と、あちらの世界に戻る前にしっかり栄養を取るという意味で生前好きだった料理を器に盛り、それを祭壇に供え、ろうそくとオレンジの花センパスチル(Cempasúchil)を並べて道をつくってあげ、魂を迎えます。もっとも、マリーゴールドの道は植民地時代に始まったとされますが・・・
伝統的には11月1日に家族でお墓に行って綺麗に掃除し、お花を手向けます。その後その場でご飯を食べたりお酒を飲んだり、地域にもよりますが、時にはマリアチなどの生演奏で歌いながら、束の間の1日を死者と一緒に過ごします。まるでお祭りです。そう、この日だけは死者ではなく、あたかも生き返った愛する故人と楽しむ日なのです。
もちろん伝統的にこの習慣が大切に受け継がれているわけですが、もう一つの理由はこの日にどう死者を迎え入れ一緒に過ごすかにより、繁栄がもたらされるか不幸がもたらされるかが決まると信じられています。
死者があちらの世界へ戻ったあと、祭壇にあるお供え物は集まった家族で美味しく食べて、死者の日は終わりを迎えます。
ちなみに、死者の日の習慣はオアハカが有名ですが、現代版死者の日の元の元はミチョアカン州パツクアロ周辺で始まりました。1930年代、当時ミチョアカン州出身のラサロ・カルデナス大統領の肝いりで始まり、メキシコ全土にパツクアロの死者の日の習慣が「お手本」として伝えられ今に至ります。
死者の日は奥が深い
現代のメキシコの「死者の日 Día de los muertos」を考える時、メキシコの歴史を少し理解する必要があります。しかし、今日のメキシコの根源となる文化と歴史を紐解くのは容易なことではありません。今日我々が目にするメキシコというのは、大きく分けて3つの異なる文化が融合したものです。
一つは1521年にスペイン人がアステカで知られるメシカ帝国を征服する以前の文化、二つ目はその後300年続くスペインによる植民地時代、そして三つ目は1821年以降のスペインからの独立後、つまりメキシコという国になってからの文化です。
スペインによる植民地化以前の時代メソアメリカ時代だけみましても、有名なマヤとメシカ(アステカ)、その他にもテオティワカン、プレペチャ、ミステカ、トトナカ、サポテカ、トラスカルテカなど、多くの民族・部族が無数に存在していました。それらの異なる文化がスペイン人による布教という大義名分の元に破壊され、当時の人々のアイデンティティを根源から変革を強いられました。当時の人々にすれば天と地が逆転するかのような出来事です。ココだけ取ってみましても、どこが現代メキシコの根源なのかを考えることが、いかに難しいかがわかります。
現代のメキシコの人達は、失われたものやスペイン人に対して不の感情は特別にないものの、その時代のこの時期に、主食であるトウモロコシの収穫と新たな生の誕生の象徴である「死者」を敬う習慣の一部が、形を変えながらも今日まで世代を超えて、少なくても500年以上に渡って受け継がれています。
死者の日とハロウィンは別物
近年メキシコを題材にした映画も多くみられるようになりました。007Spectre、Coco(リメンバーミー)、Romaです。
おそらく日本にいる皆様にとってはハロウィンや仮装パレードと思われていらっしゃる方が少なくないと思います。お客様でも「仮装パレードに出たい!」という方もいらっしゃいます。もちろん、せっかくの海外旅行で現地の文化をそれぞれ楽しんで頂くのは良いことです。一方で忘れてはならないのは、それぞれの背景を知ること。そうすれば、メキシコの死者の日とハロウィンは別物ということが分かるでしょう。
007Spectreに登場する場所をご案内します
映画にご興味ある方でしたら、映画の撮影スポットにご案内することも可能です。例えば007 Spectreのこのようなシーンです。
ガイコツの正体
仮装パレードなどは、観光客向けに特に007 Spectreの後ポピュラーになってきたもので伝統的な行事ではありません。もともとは、メキシコに住むメキシコ人でありながら、ヨーロッパ気取りを始めた人々やその政府を批判しあざけて描いた風刺的なカラベラ・ガルバンセラ(骸骨の女性)が原点である事を知ってペイントしている人は少ないと思います。
墓地への訪問は礼節を持って行いましょう
近年では外国からもオアハカを中心にこの死者の日を一目見ようと訪れる観光客が多いです。メキシコの文化を見てもらうのは非常に大切なことではあるのですが、事情を知らない外国人がハロウィンと勘違いし、酒を片手に酷く仮装してお墓で騒いでいる光景を目にします。
墓地というのはその地域の人達のためのもので、本来は観光地ではありませね。それをこの時期だけお借りして彼らの伝統・習慣を見させて頂いているのです。日本の墓地でお酒を飲んで騒いでいたら真っ先に不謹慎と言われるのではないでしょうか。
写真ギャラリー
映画リメンバーミー(COCO)の舞台となったミチョアカン州の死者の日をご案内
メキシコシティの一般家庭の祭壇と墓地で過ごす一家
祭壇の原型と死者の日の花
こんな方々におススメです!
- 「メキシコの素顔」を感じたい方
- 「移動」の時間を「発見」の時間に変えたい方
- 一般的なツアーでは物足りなくなった方
- 女子旅
- 特別なメキシコ旅行にしたい方
- 文化・自然が好きな方
- ご高齢の方や御身体に不自由がある方でメキシコを存分に楽しみたい方
- 悶悶と過ごしている老若男女
- 少人数での記念旅行(卒業旅行、お誕生日、結婚記念、還暦祝い、親孝行など)
もちろん、上記の方々以外の方でも大歓迎です!