タコスってメキシコ出身じゃない!?

メキシコ料理と言えばタコス?

 

誰もがメキシコをイメージすると、

タコスを挙げるでしょう。

 

実は僕が初めて食べた“メキシコ系料理”も

タコスでした。

カナダのバンクーバーで、

仕事の合間に同僚と食べたものです。

今だからわかるのですが、

タコスといっても本物のタコスではなく、

硬いトルティジャがUの字に曲がられていて、

その間に具材が挟んであるものでした。

特に感激した覚えもないので、

味も大したことなかっただと思います。(苦笑)

 

そんなメキシコの国民食でもあるタコス。

これ実は複数形で、

料理の名前としてはタコなんです。

二つ以上になると語尾にスがついて、

タコスとなります。

 

それで、

タコって何なのか、

気になりますよね。

モレがMulliから来ていたり、

トマトがTomatlだったり、

アボカドがAhuacatl、

唐辛子がChiliだったり、

メソアメリカ由来の農作物や食べ物の呼称は、

その時代に使われていた言語に由来するのです。

 

ナワトル語、

マヤ語、

オトミ語

トトナカ語、

サポテコ語、

などなど、

もちろん各言語によって、

呼び名は違いますが、

基本的にはスペイン人が占領したメシカ帝国で話されていたナワトル語を元に、

スペイン語に変換しています。

 

タコはナワトル語のTlahcoという単語から取られたと言われています。

意味は“何かの半分”という意味で、

実際トルティジャを半分にして具材を包み食べますね。

 

Tlaには食に関わる意味があることが、

下記のナワトル語の単語から読み取れます。

Quauhtlaqualli⇒白くて大きい王様用のトルティジャ

Tlaqualiztli⇒食べる行為

Tlaqualizpan⇒食べる時間

Tlaqualli⇒皿、美味、食べ物

 

今でこそ、

メキシコ料理と言えばタコスですが、

実はこれ、

起源は中東なんです。

日産問題で騒がれた(いる)ゴーンさんがいるレバノンがあるエリアなんです。

19世紀に、

オスマン帝国の徴兵を逃れる為に、

イスラム教徒でない、

特に若い人達がメキシコを目指しました。

主にはアラブ語を話すキリスト教徒でした。

20世紀にはいると、

移民の数は増えます。

彼らが肉の塊を垂直の串にさして焼いてスライスする調理技術を

母国からメキシコに持ち込んだんです。

アラブ料理のGyro、DonerやShawarmaなどですね。

これらに使う肉はラム肉、Pitaというパン生地と酢や様々なスパイスです。

 

彼らはメキシコ各地に散らばりますが、

最も多くが住んだのはプエブラ市とメキシコシティです。

メキシコシティのソカロの南東のエリアは、

今でもレバノン系メキシコ人が多く住んでおり、

メキシコでは約40万人いるとされています。

 

プエブラには1933年代創業の、

初期のタコス屋が今でもあります。

タコス・アラベと言って、

味付けは中東のものですが、

肉はラムではな豚肉になります。

 

このタコス・アラベは、

メキシコシティでレバノン系でないメキシコ人によって変化を遂げ

現在のいわゆるタコス(タコス・アル・パストル)になったのです。

 

特徴的なのは、

アチオテ(Achiote)が主な調味料として使い、

Pitaの代わりにトウモロコシのトルティジャになり、

トッピングもパクチや玉ねぎ、

パイナップルそしてサルサと、

メキシコスタイルに変化を遂げ、

現在のタコス・アル・パストル(Tacos al pastor)になったのは、

1960年頃だと言われています。

 

このアチオテって、

有名なユカタン料理のコチニタ・ピビルという

豚肉料理にも使われ、

メソアメリカ時代からも使われていた香辛料なんです。

魚とか肉とか使い勝手が良い調味料ですね。

 

ちなみにPastorは、

羊飼いという意味ですが、

肉は豚肉で羊とは関係なく、

なぜPastorなのかは謎です。(苦笑)

 

メキシコの一部のカトリックの教会に見られる

アラブ系の建築要素はスペインを経由して輸入されましたが、

タコスの原型はレバノン系のアラブ人によって

直接もたらされたものなんですね。

このレバノン移民の子、レバノン系一世が、

現在メキシコ一、

世界でも五本の指に入る大富豪カルロス・スリム・エル(Carlos Slim Helu)さんなのです。

 

そんなことで、

現代メキシコは、

言語や建築物などから、

スペイン人がつくったヨーロッパ風の文化だと思われていますが、

その裏にはアラブ系の要素も沢山あるんです。