実は・・・8月24日はメキシコの独立記念日なんです。
世にある旅行や海外生活について、
ほぼ毎日行き当たりばったりに、
メキシコ現地から好き勝手に書いている、
ゆるすぎるメキシコブログ【キオテ通信】です。
一応、前回、前々回からの続きで今回最終回です~
8月の話その1>
8月の話その2>
👇記念プレートもあります。
タスコのサンタ・プリスカ教会(1758年建造)👇もそうです。
バロックとは「歪んだ真珠」を意味するポルトガル語「Berrueco」が語源で、
1517年のルターの宗教改革で盛んになったプロテスタントへ対抗するために盛んになった芸術の流行です。
「ノボイスパノ」というのは、
「ニュースペインの」という意味。
バロックはバロックでも、
ヨーロッパからの輸入された様式に、
メキシコ生まれの要素が混ざったものを、
ノボイスパノ式バロックと言って区別しています。
そんな、
すばらしいアートが施された教会ですので、
ご覧頂くだけでも価値ある場所、
さらに!
この歴史的大事件の現場となっていますので、
ガイドとしては「マスト」で観光頂きたい場所。
グアナファト方面に行かれる方、
ぜひドローレス・イダルゴも旅程に入れてください~
リーダーはホセ・マリア・モレロスさん👇へと移ります。
ミチョアカンのモレリア市は、
彼の名前から命名さえており、
彼の家👇が博物館として残っています。
そんな彼も、
1815年にメキシコシティ北西部のエカテペックで処刑されてしまい、
独立戦争はいよいよ終盤戦へ。
👇モレロスさんの処刑現場
グアダルーペ・ビクトリアや、
アフリカ系メキシコ第2代大統領ヴィセンテ・ゲレロ👇など、
独立後も影響力を発揮した人物が率います。
👇ヴィセンテ・ゲレロさんの独房と処刑場
そんな中、
植民地政府軍側に、
アグスティン・デ・イトゥルビデという人物がいました。
ここで正式に、
「メキシコの独立」が認められるコルドバ条約が締結されたのでした。
これが1821年8月24日の話。
日本の人は「独立」って聞いてもピンとこないかもしれません。
不思議ですよね。
大戦後アメリカの支配下に置かれていた伊豆・奄美・小笠原諸島・沖縄の本土復帰。
主権が他国から日本に戻ったという大事件ですが、
日本では本土復帰万歳とはあまりならないらしい。
メキシコの独立は、
スペインという国から独立し、
新たな国が生まれた、
という歴史的大事件。
まだ正式に「メキシコ」という国ではなく、
この独立直後から約9ヵ月後に「第1次メキシコ帝国」という時代に突入します。
スペインからの独立に貢献したイトゥルビデ氏。
独立の英雄となってもおかしくないんですが、
第1次メキシコ帝国で起こした様々な我田引水が禍し、
1823年3月に処刑されています。
第一次メキシコ帝国は1年足らずで幕を閉じたのです。
そして更に!
コルドバへ行く途中か帰りか分かりませんが、
とにかくこの際に立ち寄ったプエブラ市で食べた料理が、
現代の季節料理チレス・エン・ノガダ。
イトゥルビデがそれを最初に食べたのがココ👇とされています。
日付は8月2日となっていますが、
それが本当ならコルドバへの行きですね。
だからこの料理はこの時期(独立記念日近く)に食べられ、
赤(ザクロ)・白(ナッツソース)・緑(チリ)=国旗の色
で盛り付けがされるのです。
そのお味は・・・
そういうものだと思えば「おいしい」といえますが、
僕の場合はちょっとヘビーに感じちゃいます。(苦笑)
あんまりたくさん食べられないということです。
一口、二口、三口、四口目?(苦笑)ぐらいまではパクパクいけるんですが、
次第にモグモグの速度がスローダウンしてます。(苦笑)
いや、でも「まずい」とか「もう食べたくない」というわけじゃなく、
ただたんに量は食べられないというだけ。
基本一年に一度しか食べられないものなので、
独立記念の雰囲気を味わう一環で食べるのを楽しんでます。(笑)
もしこの8月や9月にメキシコ旅行される機会がありましたら、
ぜひぜひご賞味あれ~。
ホンモノのチレ・エン・ノガダを提供するお店、ご案内します~
それでは「Viva Mexico~」
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メキシコはいつスペインから独立した?
👆ベラクルス州コルドバ市
メキシコの独立記念日
メキシコに住んでいらっしゃる方なら不思議に思われたでしょう。 なんせメキシコで「独立記念日」として盛大に祝われるのは9月15日だから。 9月16日が公式の独立記念日。 じゃあなんで8月24日が独立記念日なん? と思われるのは当然の事。 ここはちょっとだけメキシコ史を知っている必要があるんです。 多くの国では「独立した日」が独立記念日になっている思います? (他の国の方教えてください~) でもメキシコはちょいと違って、 「独立運動が始まった日」が独立記念日となっています。 メキシコの独立記念というのは1810年9月16日未明に、 今日のドローレス・イダルゴの教会、 パロキア・デ・ヌエストラ・セニョーラ・デ・ロス・ドローレス(Parroquia de nuestra señora de los Dolores) の前の広場に集まった群衆に向け、 「スペイン人をぶっ殺そう!」(Vamos a matar gachupines!)と言って、 その後10年以上に及ぶ独立戦争の火ぶたが切って落とされた日を記念します。 👇その現場

建築の話(脱線)
ちなみに・・・(少々脱線) ドローレス・イダルゴの教会と言えば、 ファザード(前面部分)の装飾が素晴らしいですね。 1778年建造のこの教会、 ちょうどこの時期というのは、 ノボイスパノ式バロックの全盛期でして、 代表作的なものですと例えば、 メキシコシティ中心部のソカロにあるメトロポリタン大聖堂の向かって右側、 サグラリオ教会(1768年建造)👇や、

独立戦争の重要人物
はい、 てなわけでして、 話を元に戻しますと、(苦笑) 独立戦争が始まった日の話でしたね。 初期の舞台はグアナファトが中心。 ドローレス・イダルゴの教会の司教さんだった、 ミゲル・イダルゴさん👇の死により、






メキシコを独立させたアグスティン・デ・イトゥルビデは英雄か?
スペイン本国から独立を望む保守派勢が、 陰謀をたくらみます。 これに乗っかったのがイトゥルビデ。 恋人の一声もあり、 ゲレロ州はアカプルコの近くイグアラ市で、 独立軍側のヴィセンテ・ゲレロと、 政府軍側のイトゥルビデが会談をし、 「三つの保障」を取り決め手を組みます。 こうしてイトゥルビデは、 政府側と話を付け、 本国から送られてきたばかりの植民地総督フアン・オドノフと、 ベラクルスはオリサバの近くコルドバ市で会談します。 👇この建物で。

イトゥルビデ由来のメキシコ料理「チレ・エン・ノガダ」
でも、 ちゃんと独立記念塔にはですね、 彼の名が残されているんです。



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