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メキシコの独立記念日
メキシコに住んでいらっしゃる方なら、一度はこんな疑問を持たれたことがあるかもしれません。
「メキシコの独立記念日はいつなの?」と。
メキシコでは毎年盛大に祝われる独立記念日があります。
それは
9月16日
ただし実際のお祝いは前日の夜、
9月15日
に始まります。
メキシコ各地の広場で、市長や知事、そしてメキシコ大統領が
「グリト(Grito)」
と呼ばれる独立の叫びを再現し、人々は
「¡Viva México!」
と叫んで祝います。

ではなぜ8月24日が重要なのか?
ここで疑問が出てきます。
「メキシコの独立は8月24日ではないの?」
そう思う方もいるでしょう。
この日付を知っている人はもうメキシコ史の達人です。(笑)
多くの国では
「独立した日」
がそのまま独立記念日になります。
しかしメキシコでは少し違います。
メキシコの独立記念日は
独立運動が始まった日
を記念しているのです。
つまり、9月16日です。
この時点ではまだ独立していません。
ようやく戦いが始まったという状況。
メキシコ独立戦争の始まり(1810年9月16日)
メキシコの独立運動は、
1810年9月16日未明
に始まりました。
場所は現在のグアナファト州にある
ドローレス・イダルゴ
の教会です。

教会の名前は
パロキア・デ・ヌエストラ・セニョーラ・デ・ロス・ドローレス
(Parroquia de Nuestra Señora de los Dolores)
その教会前の広場に集まった人々に向け、
司祭
ミゲル・イダルゴ
が蜂起を呼びかけます。
その時の叫びは、
「スペイン人を倒そう!」
(Vamos a matar gachupines!)
とも伝えられています。

こうして
メキシコ独立戦争(1810〜1821)
の火ぶたが切られました。
建築の話(少し脱線)
ちなみにドローレス・イダルゴの教会は、
ファサード(正面装飾)
が非常に美しいことで知られています。

この教会は
1778年建造
です。
ちょうどこの時代は
ノボイスパノ式バロック
の全盛期でした。
代表的な建築としては、
例えば
メキシコシティ中心部ソカロの
メトロポリタン大聖堂横のサグラリオ教会(1768年)

や、
タスコのサンタ・プリスカ教会(1758年)
などがあります。
ノボイスパノ式バロックとは?
バロックという言葉は、
ポルトガル語の
「Berrueco(歪んだ真珠)」
が語源です。
1517年のルターによる宗教改革以降、
プロテスタントに対抗するため
カトリック圏で盛んになった芸術様式です。
そして
ノボイスパノ(Novohispano)
とは
「ニュースペインの」
という意味。
つまり
ヨーロッパのバロック様式に
メキシコ独自の要素が混ざったものを
ノボイスパノ式バロック
と呼びます。
歴史と芸術の両方の価値がある教会です。
グアナファト方面へ行かれる方は、
ドローレス・イダルゴはぜひ訪れてほしい場所です。
メキシコ独立戦争の重要人物
話を戻します。
独立戦争の初期の舞台は
グアナファト州
が中心でした。
独立運動を始めた
ミゲル・イダルゴ
は捕らえられ、
1811年に処刑されてしまいます。



その後、
独立運動のリーダーは
ホセ・マリア・モレロス
へと引き継がれます。

ミチョアカン州の
モレリア市
は、彼の名前に由来しています。

現在も彼の家は
博物館
として残っています。

しかし彼もまた
1815年
メキシコシティ北部
エカテペック
で処刑されました。

独立戦争の終盤
その後、
独立運動は
グアダルーペ・ビクトリア
や
ヴィセンテ・ゲレロ
などの人物によって引き継がれます。
ヴィセンテ・ゲレロは
アフリカ系メキシコ人として初の大統領
でもあります。

彼の独房や処刑場も現在残っています。

メキシコを独立させたアグスティン・デ・イトゥルビデ
そんな中、
植民地政府軍側にいた人物が
アグスティン・デ・イトゥルビデ
です。

スペインからの独立を望む保守派が陰謀を企て、
イトゥルビデもこれに加わります。
恋人の一言もあり、
ゲレロ州イグアラで
独立軍の
ヴィセンテ・ゲレロ
と会談します。
そこで
三つの保障(Plan de Iguala)
が取り決められ、
両者は協力することになります。

メキシコ独立を決めた「コルドバ条約」
その後、
イトゥルビデはスペイン側とも交渉します。
そして
スペイン本国から派遣されたばかりの植民地総督
フアン・オドノフ
と会談します。
場所は
ベラクルス州コルドバ
です。


この会談で
コルドバ条約
が締結され、
ついに
メキシコの独立
が正式に認められました。
その日が
1821年8月24日
です。
つまり
実際に独立が認められた日は
8月24日
なのです。

日本人には少し想像しにくい「独立」
日本の人にとって、
「独立」という感覚は少し想像しにくいかもしれません。
例えば戦後、
アメリカの統治下に置かれていた
- 奄美
- 小笠原
- 沖縄
などが日本へ復帰しました。
これは
主権が他国から戻る
という大きな出来事でした。
しかし日本では
独立のように盛大に祝われることはあまりありません。
メキシコの場合は
スペインから完全に独立し、新しい国が誕生した
という歴史的出来事だったのです。
独立後に誕生した「メキシコ帝国」
ただしこの時点ではまだ
現在のメキシコ合衆国
ではありません。
独立の約9か月後、
第一次メキシコ帝国
が成立します。
そして
皇帝となったのが
アグスティン・デ・イトゥルビデ
でした。
しかし彼の政治は長く続きません。
権力の私物化などが問題となり、
1823年
に失脚。
その後
1824年
に処刑されました。
第一次メキシコ帝国は
わずか1年ほどで崩壊
したのです。
独立と関係する料理「チレ・エン・ノガダ」
イトゥルビデにはもう一つ有名な話があります。
それが
メキシコ料理
チレ・エン・ノガダ
です。

コルドバへ向かう途中、
プエブラでこの料理を食べたとされています。
この料理は
- 赤(ザクロ)
- 白(ナッツソース)
- 緑(チリ)
で盛り付けられます。
つまり
メキシコ国旗の色
です。
そのため
独立記念日前後の季節料理
として食べられています。
チレ・エン・ノガダの味は?
個人的な感想を言うと、
正直ちょっと
ヘビーな料理
です(笑)
最初の数口はとてもおいしいのですが、
だんだん食べるスピードが落ちてきます。
とはいえ
まずいわけではありません。
ただ、
たくさん食べる料理ではない
という感じです。
ていうか、元々は食後のデザートだったようです。
メキシコ独立の季節にぜひ食べてほしい料理
この料理は
一年の中でも限られた時期
しか食べられません。
もし
8月〜9月にメキシコ旅行
をされるなら、
ぜひ
本場のチレ・エン・ノガダ
を味わってみてください。
本物のお店、
ご案内します(笑)
それでは最後に一言。
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