「アステカカレンダー」と聞けば、多くの方が国立人類学博物館に展示されている巨大な円形の石を思い浮かべるでしょう。
実は私もガイド中によくご質問をいただくのですが、この遺物は現在では「カレンダーではない」と考えられています。
ガイドブックには今でも「アステカカレンダー」と紹介されていることが多いものの、研究が進むにつれ、その役割について新しい見方が示されてきました。
今回は、メキシコ旅行でぜひ知っていただきたい「太陽の石」の本当の姿を分かりやすくご紹介します。

“アステカカレンダー”とは
聞いたことや見たことがある方も多いと思います。
あの、デッカイ丸い“石”👆です。
直径は3.6m、
重さ24トンもあるんですよ~。
メキシコに行きたい!
とお考えになられる方であれば、
とりあえずガイドブックを購入され、
とりあえず目玉の一つである国立人類博物館のページを見られると思います。
そこに漏れなく紹介されている
“アステカカレンダー”
というのがこれです。
実はこれ、
“カレンダー”
ではないんです。(苦笑)
ガイドブックでは、
「このカレンダーを元に労働し・・・」
と書いてありあすが、
違うんですね。(沈)
当初は、
現に表面には1日を示す“記号”が20個あり、
当時メシカ族が使っていた暦と一致する為、
“カレンダー”と思われていたんです。
カレンダーではないなら何なのか、
というと・・・
“アステカカレンダー”の正体
“生贄の石”です。
考古学用語ではテマラカトゥル(temalacatl)
といいます。
通称
“太陽の石”(La Piedra del Sol)
と呼ばれています。
なぜ“生贄”に使われていたのかが解るかと言うと、
石板の表面から得られた血液反応です。
血液の他に、
色素も解りました。
赤と黄色を基調としたもです。

“生贄の石”
については、
これ以外にもあるんですね。
例えばティソック(Tizoc)
というものですが、
これも国立人類博物館で見ることができます。
全容解明されていない「太陽の石」
今回の“太陽の石”は、
非常に“謎”が多い遺物で、
今でも多くの推論が存在するので、
何が正しいのか、
ということは、
実際のところ
“分かり兼ねる”
のです。
僕は公式の資料から情報を得ているのですが、
それらの資料でさえ、
様々な“憶測”が出て来るんですね。
それらによると、
この太陽の石は、
当初の計画では、
ティソックのような、
もっと厚みがある生贄の石になる筈だったそうです。
それが途中で亀裂が生じたため、
今の形になったとされます。
つまり、
“未完成”
未完成にも関わらず、
「春の重要な行事」で行われる、
人身生贄の儀式で使われていた
と考えられています。
考古学の面白いところは、
「まだ分からないこと」
がたくさん残っていることです。
教科書やガイドブックに書かれている内容も、
新しい研究によって少しずつ更新されています。
だからこそ、
現地の博物館を訪れるときは、
「何が分かっていて、何がまだ謎なのか」を知って見ると、
何倍も面白く感じられます。
「春の行事」で使われていた?
その春の重要な儀式というのは、
tlacaxipehualiztli
トゥラカシペワリストゥリ月(知らなくても大丈夫です 笑)
に行われていた宗教的行事。
メシカ時代には1ヵ月20日を18ヵ月で回す暦を採用していて、
トゥラカシュペワリストゥリ月は日本の旧暦の弥生のような月。
トウモロコシの作付けに先だって行われる行事でした。
トウモロコシの栽培時期は、
お米と同じで、
春に植えて秋に収穫です。
上記の行事は3月の春分を挟む前後5日~24日に行われていました。
この儀式の話題になると少し長くなるので、
今日は割愛させて頂きます。
それでその太陽の石、
現在は博物館で縦に置かれてますが、
実際は水平に置かれていて、
その上で2人の戦士がこの上で戦わされ、片方の捕虜の戦士が生贄にされていたんです。

「太陽の石」発見とその後の運命
この石板は、
まだスペインの植民地時代の1790年12月17日に、
今のソカロ広場の南東の部分で見つかりました。
ちょうど広場を整備している時に作業員が、
うつ伏せに埋もれている太陽の石を発見しました。
ガイドブックには、
「捨てられた」
とされていますが、
「隠された」
と言う方が正確です。
その理由は、
表面に保護の目的で?塗られたと思われる、
炭または砂が付着していたのです。
虐殺か何かの“事件”の生存者が、
元の場所から抜き取り、
その場所に埋めたと考えられています。
その元の場所と言うのは正確には解っていません。
それ以降、
スペイン植民地政府の宮殿の一角に置かれ、
その後はなんと、
メキシコシティのメトロポリタン大聖堂の左の壁に設置され、

風雨にさらされ続けた上、
アメリカ人の遊び道具(射撃の的)となっていました。
だから中心部が損傷しています。

1885年にようやく博物館(現国立文化博物館)に移動されます。
こうして見ると、「太陽の石」は単なる巨大な石ではありません。
アステカ(メシカ)帝国の宗教観、スペインによる征服、植民地時代、そして現代まで続くメキシコの歴史を静かに見つめ続けてきた、生き証人のような存在です。
国立人類学博物館では、この石の前を足早に通り過ぎてしまう方も少なくありません。
しかし、その背景を知ってから目の前に立つと、同じ展示でも見え方がまったく変わります。
最後に:「本物のメキシコ」を知る旅へのお誘い
MCTのツアーでは、遺跡や博物館をご案内するだけではなく、
「ガイドブックには書かれていない背景」
「近年の研究で分かってきたこと」
「現地だからこそ伝えられる背景を繋げた歴史」
を交えながらご案内しています。
「ただ見て終わる観光」ではなく、
「なぜそうなったのか」を知ることで、
メキシコの歴史は驚くほど面白くなります。
国立人類学博物館は、一日いても見切れないほど展示が充実しています。
だからこそ、限られた時間で効率よく、そして深く楽しみたい方には、ガイドと一緒に巡る価値があると考えています。
歴史がお好きな方はもちろん、
「遺跡や博物館は難しそう…」
という方にも分かりやすく丁寧にご案内していますので、お気軽にご相談ください。
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