人間の覇権欲は古今東西変わらない。ケーキで戦争も。

メキシコ在住15年目、

「メキシコの素朴な顔を世界に!」

をモットーに、

プロのメキシコ旅行ガイド兼ドライバーをしています岩﨑コウです。

今日もメキシコから書いています~

 

ケーキが発端の戦争。

外国に介入したがるフランス。

 

過去にどこかの国でサッカー戦争がありましたが、

メキシコはケーキ戦争です。

 

メキシコの領土喪失問題を書くのは、

これで3回目ぐらいですね。

 

ブログといっても、

時には結構マニアックでコアな話題も

発信し始めてから、

つくづく感じることがあるんです。

 

「言葉で伝えるって難しいなぁ~」と。

ある事柄をいかシンプルに分かりやすく伝えるか、

僕の要約する能力が低いのか、(苦笑)

まとまりきらずにだらだら長~い文章になってしまうんです。

 

文章の量を測るために、

毎回ワードで下書きして、

いくら長くても5ページって決めているんです。

できれば3ページ以内、

目標は2ページ以内ですね。

 

今後も改善の努力を続けて参りますので、

どうか懲りずにお付き合い頂ければ幸いです!

 

メキシコは、

江戸時代の末期の1821年に独立をしてから

ペリーが浦賀にやって来る1853年の32年の間に

全部で6割ぐらいの領土を失うのですが、

その経緯を何回かに分けて書いています。

 

1823年にグアテマラからコスタリカが離脱し、

1836年にテキサスを失い、

1839年には北部の5州が独立寸前の状態にあり、

1841年から7年間はユカタン半島全土が、

事実上独立状態にありました。

 

例えば、

日本の明治維新後、

北方四島、北海道、沖縄、九州、四国などが、

混乱に乗じて次々と、

「オレも!私も!」と、

次々と日本を離脱し、

独立していたらどうなっていたでしょう?

 

その状態が実際にメキシコで起こっていたんです。

 

メキシコの領土喪失危機はとまりません。

今度はフランスです。

 

フランスもメキシコ情勢の混乱につけこみます。

 

1838年に、

当時のフランス大使が、

「過去5年間にメキシコシティで起こった

数々の暴動により損害を被ったフランス人達の商売の補償しろ」、

と言って来たんです。

 

メキシコにとっては、

「お前らガイジンなんだし、

嫌なら出て行けばよかっただろ?」

という立場ではあるのですが、

あろうことか、

ジョセフというケーキ屋のオッサンが、

サンタアンナ大統領軍が自身のケーキ屋を損傷したという理由で、

6万ペソの大金をメキシコ側に求めたんです。

更には、

このフランス大使は、

国として和解するには60万ペソが必要だと。

当時のメキシコ大統領ブスタメンテは当然拒否。

 

そうするとフランスは、

200基の大砲で武装した20の艦隊で、

主要な港であるベラクルスを包囲したんです。

「払わねぇとメキシコの大事な港町ベラクルスを滅茶苦茶にするよ」と。

 

メキシコ側は抵抗しますが、

最終的に60万ペソを払い、

これに関るフランスの出費までも負担したんです。

それだけ国が弱体化していたのでしょう。

 

この間イギリス艦隊が、

フランス隊を脅しに接近してきたこともあり、

結局ケーキ“戦争”はこの支払によって終息したものの、

25年後には再び脅されることになるのです。

 

実はこのフランスは、

この29年後に日本にもいて、

戊辰戦争では旧幕府側を援助すると言っていたんです。

そうなると新政府側にはイギリスがつく。

もし官軍側が「錦の御旗」を立てず、

慶喜も恭順せずガチンコ勝負を望んでいたら、

仏英も巻き込んで、

日本はどんな事態になっていたことでしょう。

そしてその後の日本は・・・

 

フランスは本当にケーキ屋のジョセフさんの商売を憐れんでいたのではなく、

本心はメキシコの領土が欲しかったんです。

 

ということは、

フランスは日本にもこれを企んでいた?

もし日本の戊辰戦争が激化して、

仏英も介入してきたら、

植民地にされていたかもですね、、、

 

これがケーキを理由にした、

フランスの吹っ掛けによる緊張状態でした。