メキシコのクリスマスのの習慣ポサダの話・後編

メキシコ在住15年目、

「メキシコの素顔を世界に!

をモットーに、

メキシコ公認ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑コウです。

 

メキシコのクリスマスの習慣ポサダの話・後編

☝ニィニョ・ディオス、神の子という意味です。

 

前編はこちら~

【前編】メキシコのクリスマスの習慣ポサダとは

 

ピニャタやアメリカ大陸最初のクリスマスの所でも書きましたが、

ある司教が、

キリストの生誕を祝うクリスマスの前に、

特別なミサの期間を設けました。

 

このミサを、

アグィナルドのミサと言うのですが、

アグィナルドと言うのはクリスマスプレゼント

 

このミサでは、

キリストがベツレヘム(現パレスティナ)で生まれるまでの様子を「劇」にして、

現地の人達にみせたのです。

 

もちろん布教の為に・・・

この「劇」をパストレラス(Pastorelas)

というですが、

現代でもこの時期になると公共の場所で観る事ができます。

 

「来場者」にはお菓子などの「プレゼント」が渡されました。

これを「アグィナルド」と呼んでいたわけです。

 

現代では、

アグィナルドは冬のボーナスという金銭的な意味で使われますが、

元々はココが原点なんですねぇ。

 

ちなみに、

現代メキシコでは、

企業は最低でも給与の半月分を、

アグィナルド(ボーナス)として、

従業員に支払わないといけないと法律で決められています。(苦笑)

 

それでこの「アグィナルドのミサ」という習慣、

メキシコが独立した1821年以降、

廃れてしまします。

 

一時はほぼ完全に消滅、

とい状態になったようですが、

一部の熱心な信者が復活させたようです。

 

でも教会の屋外でのミサではなく、

自宅で行うようになります。

 

これが現代のポサダの始まりです。

 

時の経過とともに、

各地で形に若干の違いはあるものの、

本質的な特徴、

例えばポンチェ(フルーツを煮た甘酸っぱい飲み物)や

「ポサダを頼む歌」だったり、

料理で来客をもてなしたり、

ピニャタをしたり、

というコンセプトはどこも同じです。

 

確かに、

もともとマリアさんとホセ(ジョセフ)さんが、

ユダヤ人王ヘロデによる神の子キリストの暗殺を恐れ、

9日間に渡って泊る場所を探し歩いた期間を象徴する習慣ですから、

その本質的な部分が変容したりはしません。

 

ポサダはどんな風に事が進むのかというと、

ある時間になると、

参加者(基本的に地元の人達)は2つのグループに分かれます。

 

一つのグループは会場となる家の扉の内側、

もう一方は外側です。

 

扉は閉めたまま。

 

外側のグループ(マリアとジョセフ)から、

「ポサダを頼む歌」を歌い始めます。

その歌(Canto para pedir posada)は先日ご紹介したものです。

こちら☟

【ポサダの歌】メキシコのクリスマス

 

それに応える形で、

今度は内側のグループ(民家の主)が歌います。

 

5番までの歌詞を終えると、

内側のグループは扉を開けます。

 

「どうぞお泊まり下さい」

というサインで皆で家の中に入ります。

☟ポサダの歌

 

そこが大事なポイントです。

これがポサダの本質的な部分です。

 

そのあとは、

その「好意」を祝うパーティーが始まります。

 

基本的にはモレなどの料理と、

あとはポンチェやチョコラテ(チョコレート)などで、

来客をもてなします。

☟モレとポンチェ。

 

そのあとにあのピニャタが始まります。

こんな感じでポサダは進むのですが、

もちろん、

現代は「布教」のためではないですよね。

 

メキシコの人達は、

もちろんポサダの再現として重要視しますが、

それに加え、

家族やご近所さん、友人たちとの交流の時間としても、

大変貴重な習慣として捉えています。

 

残念ながら、

このような大がかりなポサダは、

特に都市部ではあまり見られなくなっています。

 

メキシコシティで有名な所では、

ソチミルコ近郊で、

僕も友達の家にお邪魔して、

このひと時を地元の人達と過ごします。

(今年はやりませんが・・・)

 

日本や他の外国では、

クリスマスは12月25日の一発だけっですが、

メキシコは一足先に16日から既に始まっているのです。(笑)

 

次回は、

メキシコの12月25日で終わらないクリスマス

について書いてみます。(笑)

 

ではでは~

 

#MexicoCentralTours

【キオテ通信】バックナンバーもどうぞ