メソアメリカ3大長命文化の一つ、ミステカ文化とは。

メキシコ在住15年目、

「メキシコの素顔を世界に!

をモットーに、

メキシコ公認ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑コウです。

 

ミステカ文化

 

サポテカ文化と並び、

メソアメリカの3大長命文化の一つミステカ文化。

しかもサポテカと隣同士の地域に繁栄した文化です。

 

いわゆる“ゴールデンルート”からも遠く、

地理的にも山岳地帯が大半で、

あまり観光名所という場所は知られていないと思います。

 

主には、

オアハカ州の西部と

アカプルコがあるゲレロ州の東部の一部、

北はプエブラとベラクルスの一部に跨るエリアです。

☟この一帯です。

 

元々はもっと小さなエリアだったそうですが、

二つの方法により領土を拡大して行きます。

一つは

戦闘により隣人のサポテカのエリアに広げた。

もう一つは、

首長などとの婚姻により領土を広げた、

です。

 

年表では、

時代はサポテカ文化とほぼ同時期に始まり、

スペイン人が来るまで続きます。

 

オアハカのモンテアルバン(遺跡)が、

紀元後800年頃に放棄されていて、

その後ミステカの人達が移り住んでいたことが、

モンテアルバンの発掘物から解っているんです。

有名なのは、

第7の墓

と呼ばれるモンテアルバンの一角で、

ミステカの王?とみられる人の墓室が見つかっています。

☟墓から見つかったミステカの金属品。
サポテカ文化では錬金術は持っていませんでした。

(出典:Arqueorogia mexicana https://arqueologiamexicana.mx/mexico-antiguo/dos-joyas-de-la-tumba-7-de-monte-alban)

 

サポテカ文化ではサポテカ語という言語は話されていた(いる)のと同じように、

ミステカ文化にもミステカ語という言語があります。

ミステカ語の話者も、

10年前の国勢調査では、

サポテカと同数ぐらい、

40万人ちょっとの人達が、

メソアメリカに端を発するこの言語を使っているんです。

 

オアハカ言語ファミリーという大きな木をご想像頂き、

サポテカ語とは別の枝がミステカ語なので、

元の元は同じ木(種類)の言語なので、

全く通じないというワケではありません。

 

もっとも、

僕はサポテカ語もミステカ語も分からないので、

どれぐらい違って、

何が違うのかは分かりませが・・・(苦笑)

 

ミステカ文化の特出すべきは、

まず金と銀の冶金術です。

これによって造られた“もの”を、

スペイン語ではオルフェブレリアというんですが、

これはミステカ文化を特徴付ける痕跡の一つです。

つまり、

他の文化ではもっていなかった技術なんですね。

 

800年頃までサポテカの首都だったモンテアルバンに、

ミステカ人が居住していたという証拠に、

このオルフェブレリアが、

権力者の墓から見つかっているんです。

 

で、

なんでミステカ族がこの技術を習得していたのか、

というのが大事なんですが、

これには地理的な要因があります。

 

この冶金術は、

700年頃に中南米から伝わったと考えられています。

 

南米の文化としては、

クスコやマチュピチュで知られるインカ帝国を筆頭に、

地上絵で有名なナスカ、

モチェ、

ティワナク、

ワリ、

シカン

などがありますね。

 

南米との交易についてはまた後日書きますが、

ミステカは、

陸、海、または両方のルートを使い、

中南米の諸文化と交易があったようです。

 

さらに気になるのが、

どこで、

どうやってで金・銀を手に入れていたのか、

ということ。

 

答えは川でとれる砂金です。

非常にシンプルに、

ザルのようなものでとっていたようです。

 

銀はというと、

これはスペイン人のように銀鉱山で採掘するのではなく、

方鉛鉱を融解して得ていたようです。

 

当時、

金と銀は、

それぞれ太陽と月の破片と考えられており、

非常に神聖なものとして扱われていました。

金・銀で造られた装飾品が、

権力者などの高貴な人物や戦士にのに使われていました、

 

その他にも、

様々な形の土器や、

黒曜石でできた道具、

骨や木への彫刻、

ヒスイやトルコ石、貝殻を使った装飾品、

などなど、

多くの工芸品が造られていたようです。

 

通称“アレブリヘ”で知られる、

トナス・イ・ナワレスという木彫り品も、

ミステカ文化のある習慣が起源なんです。

 

その習慣とは・・・

 

#MexicoCentralTours

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