オアハカのサポテカ文化とは・後編

メキシコ在住15年目、

「メキシコの素顔を世界に!

をモットーに、

メキシコ公認ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑コウです。

 

オアハカの根源・サポテカ文化

 

前回は言語の観点での違いでした。

 

でですね、

このサポテカ文化、

どこにあった(ある)のかというと、

オアハカです。

 

オアハカといても広いですよね~・・・

西の端から東の端まで500キロ弱、

南北も330キロです。

その大部分は険しい地形に覆われています。

☟オアハカ市

 

そんな広いオアハカの中でも、

オアハカ市一帯に彼らの文化は栄えました。

 

人々がオアハカ市中心部や、

オアハカバレーと呼ばれている、

盆地のような地形やその周辺、

さらのその周辺の山間部に人々が居住し始めたが、

ななななんと、

紀元前1400年頃

と言われています。

 

アメリカ大陸最初の文化と知られるオルメカが起源前1500年頃ですから、

その頃に人々の定住が始まったのですね。

 

その後、

彼らの首都モンテアルバンを、

紀元前500年頃に建設するんです。

世界遺産でもあり、

有名ですよね!?(笑)

 

ちょっとその前に、

実は、

大都市モンテアルバンより前に、

すでに建設されていたサポテカの街があるんです。

これは多分殆ど知られていないハズ。

ダインスッ(Dainz ú)といいます。

サポテカ語のDannizh úから命名されています。

 

ココに定住が始まったのが起源前750年頃、

街が繁栄したのは紀元前600年頃から紀元後300年頃と考えられています。

巨大都市モンテアルバンと同時期に存在していたことになりますすが、

共栄していたようですね。

モンテアルバンと共に衰退します。

ココには、

とりわけ“球技の儀式”が象徴的な習慣として執り行われていたことが、

壁に施された彫刻から伺うことができます。

しかもちょっと変わった?儀式だったようですね。

 

正しくは、

モンテアルバン自体は

元々はオルメカ人が造ったんですが、

それを踏襲した形です。

オルメカ文化自体は紀元前400年頃には、

その繁栄を終えていたと考えられています。

 

定住が始まってから、

スペイン人が来るまで、

実に3000年近くに渡って、

一定の場所に繁栄した文化で、

ウァステカ、ミステカと並び、

メソアメリカの3大長命文化の一つとして知られているんです。

 

現在も、

サポテカ語を話す人口は40万人ちょっといて、

お隣のミステカ語と並び、

ナワトル語、マヤ語に続いて最も多くの話者を抱える言語として、

今日までその文化の一部を継承しています。

☝☝☝これ、すごくないですか!?(笑)

もう3000年以上ですよ。

 

サポテカ社会はこの時代に既に複雑な社会構造を持ちあせていたそうです。

農工民、商人、戦士、聖職者(カトリックではない)、統治者などの階級が存在し、

各々の役割も分けられていました。

更には、

マヤもそうですが、

メソアメリカ最古の文字やカレンダーの一つを使用していたんです。

 

首都であったモンテアルバンについては、

また後日詳しく書きたいと思いますが、

この都市も、

メソアメリカで最も重要な都市の一つとしてされています。

その全盛期は紀元前500年頃から起源後800年頃と考えられていて、

オアハカ中心部にある丘を起点として、

広範囲にわたって政治・経済を掌握していました。

その人口は3万5千人ぐらいに増えたと考えられています。

直線距離で370キロも離れたテオティワンとも、

交易があったという記録が見つかっているんです。

 

800頃にはモンテアルバンは衰退し、

ヤグル、ミトラと拠点は移っていき、

スペイン人の侵略まで続きます。

 

サポテカ人によって放棄されたモンテアルバンに、

今度はお隣のミステカ族が入り込みます。

 

続きはミステカ文化で~(笑)

 

#MexicoCentralTours

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