アメリカ大陸最初のクリスマスの話・その3

メキシコ在住15年目、

「メキシコの素顔を世界に!

をモットーに、

メキシコ公認ツアーガイド兼ドライバーの岩﨑コウです。

 

アメリカ大陸最初のクリスマスの話・その3(最終回)

☝各地でナスィミエント(Nacimiento)飾られています。

 

前回は、

メシカの神の生誕を祝う習慣を利用して、

メキシコにおける初めてのクリスマスの習慣「ポサダ」

が始まった所までかきました。

バックナンバーはこちら~

 

【その1】アメリカ大陸最初のクリスマス 【その2】アメリカ大陸最初のクリスマス

 

ご注意:

キリスト教に関わるコンテンツです。

信者の方には耳障りな内容が含まれている可能性があります。

ご心配な方はまた明日覗いてください。

 

この習慣については別のブログ「ポサダとは」で書いていますが、

この時期にメシカ(アステカ)人達は、

家族や友人達を自宅に招き、

アマランサスで作ったお菓子(ツォアトゥル)を振る舞っていたそうです。

【その1】ポサダとは

 

修道士たちは、

そうしたメシカの習慣を、

カトリック色に徐々に染めていきます。

 

例えば、

彼らの土着の歌をウィツィロ・ポシュトゥリなどのメシカの神の代わりに、

カトリックの聖母に捧げる、

などです。

 

あとはメシカ人が使っていたものと同様の衣服に

カトリックのデザインを施したり、

キリストの生誕を再現した劇を演じたり、

余興を取り入れたりしながら、

徐々に地元の人達の「精神を征服」していったのでした。

 

その名残というのが、

今日にも目にする事ができる

パストレラス(Las pastorelas)というもの。

これは地元の人達にキリストの誕生を教えるための劇として使われていました。

☟コレ。

余興として取り入れたのは日本でも有名?なピニャタ。

昨日も書きましたね。

☟コレ。

元々手先が器用だった人々に、

キリストの誕生のシーンを表現した

ナスィミエント(Nacimiento)という彫刻を作らせます。

☟コレは素焼き製です。

こんな風に、

地元の人達が「自分達の言語」で、

外国からの輸入品であるカトリックの習慣を取り込み、

いつしかそれが「彼らの習慣」そのものとなったのです。

 

☝こう聞くと、

「なかなか楽しそうじゃない!」

なんて思われるかもしれませんが、

これならどうでしょう。

 

「強制改宗大作戦」は

突貫工事のように1ヵ月のプロジェクトで終了、

なんてものではありません。

代々受け継がれてきた住民の「精神」をも征服するのです。

 

スペイン人による奴隷化も合わさり、

1550年~1570年に200万人程いたとされる地元の人々は、

虐待、虐殺により1600年代初頭には、

50~80%も減少したとされています。

 

劇や、余興、手作り工芸品で「みんなハッピー」

なんていう甘い状況ではなかったのです。

 

彼らが先代から信じ続けてきた神や、

宗教的建造物(ピラミッドなど)が破壊され、

まさにそれらの真上に、

ピラミッドの残骸でカトリックの教会が造られたのもその為です。

 

メキシコシティの中心部に、

異なる種類の石材の教会が見られるのはこのためです。

 

クリスマス自体は悪いとは思いませんよ。

その一方で、

メソアメリカの習慣が、

キリスト教のクリスマスの習慣によって、

「塗り替えられた」=「破壊された」

という事実は知っておいた方がイイですね。

 

アメリカ大陸最初のクリスマスは、

1519年のスペイン人のキャンプだとされています。

ただ、

すぐさま地元住民への

強制改宗作戦が実行された訳ではなく、

本格的に始まったのは1523年、

12人のフランシスカノ修道士たちが来た以降のテスココだと言われています。

 

そして正式にナヴィダッ(クリスマス)として祝われたのは、

今日のメキシコシティ中心部にある

サン・フランシスコ教会で、1528年頃とされています。

☟ココ。

 

これがアメリカ大陸最初のクリスマスの話。

でも、メキシコのクリスマスには、

続きがあるんです。

お祝いは12月25日に留まりません。(笑)

 

その習慣とは・・・

 

#MexicoCentralTours

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