メキシコをはじめ、中南米のほとんどの国ではスペイン語が話されています。

ところが、南米で唯一、公用語がポルトガル語の国があります。

それがブラジルです。

「なぜブラジルだけ違うの?」

実はその答えは、500年以上前の大航海時代にまでさかのぼります。

教皇、スペイン、ポルトガル――。

一見、現代とは無関係に思える歴史が、実は今の中南米の言語や文化を形づくっているのです。

Blue soccer ball with stars and the Ordem e Progresso band on a green background with a yellow diamond (Brazil flag motif).
ブラジル

自分の生活に関係無いようで関係する宗教

何でメキシコをはじめ、 中南米諸国ではスペイン語が公用語なのか。  

前回書こうと思って書きそびれたものです。(苦笑) (こんな風に僕には計画性がないんです 困)  

遠くはフィリピンでも、 僕より2か3代ぐらい上の人であれば スペイン語が分かる人もいらっしゃるようですね。  

もちろんスペインが植民地にしていたからなんです。

その歴史はまた後日に。

ではなんでブラジルだけポルトガル語なんでしょう?  

アメリカ大陸で唯一ポルトガルが公用語の国ですね。

これにはカトリック教会が深く関わっているんです。  

今はなんだかんだ言っても結局はカネが支配する世の中ですが、 

当時はカトリック教会が世界を支配していたんです。  

教皇の鶴の一声で、 一国の領土が決まってしまうんですよ。   

「はい、ここからこっちはスペイン、こっちはポルトガルね」 

という具合に。(苦笑)  

大航海時代とアメリカ大陸ヨーロッパ化の始まり

ポルトガルはスペインに囲まれていて領土を広げて発展するのが難しい状況です。  

発展には航海によってインドで香辛料を買い付けるしかなかったのです。  

1143年にカスティジャ王国(スペイン)から独立したポルトガルは、

スペインに先駆けて大航海時代に先鞭をつけていて、

教皇から“布教”という大義名分で他の土地の発見と取得を独占するための教書を得ました。  

それが1455年。

日本は応仁の乱の12年前。  

その後スペインも同じくアジアへの航路が必要となり、

1481年に当時のローマ教皇シクストゥス4世が大西洋を南北で二分する境界線を制定します。  

これをアエテルニ・レヒス(Aeterni Regis)といいます。 

カナリア諸島がある北緯30度から北の領域で発見された陸はスペインのもの、

それより南はポルトガルのものとしたんです。  

どこにだれがいようと関係なくカトリック教皇の一存でですよ!

もちろん布教という大義名分の元ですが、、、  

スペインがアメリカ大陸に到達できたワケ

アエテルニ・レヒス線(青線)とコロンブスの最初の航路(赤線)

 上記のアエテルニ・レヒス線が理由でスペインは南のアフリカルートが不可能となり、 西へと船を進めアジア、インドを目指したんです。  

その途中に見つけた島をインドだと思い込み、

そこ住んでいた人たちをインディオと呼び、

その周辺の島も含め西インドと呼んだわけですね。

これらの呼び名は今でも残っていて、

アメリカ大陸の先住民をインディアンとかインディオと呼ぶのはこのためという事はご周知の通りです。  

だからアフリカではなく、

アメリカ大陸にはスペイン語圏が多いんです。

ちなみに「インディオ」という呼称は侵略者であるスペイン人側の都合の呼び方なので、

少なくてもメキシコでは使うべきではないでしょう。

コロンブスの航海も、その後のスペインによる中南米進出も、偶然だけで始まったわけではありません。

ヨーロッパの政治や宗教、そして当時の国際情勢が複雑に絡み合った結果だったのです。

ブラジルだけがポルトガル語になったワケ

当時はまだ南米大陸がヨーロッパ人に“見つかっていない”時期です。

翌年1493年にポルトガルはローマ教皇にクレームを出します。

このスペイン人によるまさかの“発見”に“不公平”だと。  

そして教皇はポルトガルのアソレス諸島から西に100リーグ(1リーグ約5.5キロ)の地点(38°W付近)を通る経線の東をポルトガル、 西をスペインの取り分と決めたんです。  

この経線をインテル・カエテラ教皇子午線と言います。  

このスペイン寄りの裁定に納得できないポルトガルは、

今度は直接スペイン王イサベルに教皇を介さずに直談判し、 

更に西に70リーグ(1リーグ約5.5キロ)ずらす交渉をします。  

これが有名な46°W付近を通る教皇子午線、トルデシジャス条約です。 

赤線がインテル・カエテラ線、青線がトルデシジャス線 

この子午線が、 当時まだヨーロッパ人が知らなかった南米大陸ブラジルに掛かっており、

その後ポルトガルの植民地と認められました。   

だからブラジルだけがポルトガル語というわけです。  

ご存知の人も多いと思いますが、 ご存知でなかった人も多いのではないでしょうか!?  

もしトルデシジャス条約の境界線がもう少し西に引かれていたら、中南米には今より多くのポルトガル語圏が誕生していたかもしれません。

逆に東へ引かれていれば、ブラジルもスペイン語圏になっていた可能性があります。

たった一本の線が、現在の言語や文化、そして国の歴史まで大きく左右したのです。

歴史の面白さは、「昔の出来事」が、今の私たちの世界につながっていることにあります。

歴史を知ると、中南米の旅はもっと面白くなる

メキシコを旅していると、

スペイン語の地名、

教会、

植民地時代の街並み、

そして先住民文化とヨーロッパ文化が融合した風景を数多く目にします。

それらはすべて、今回ご紹介したような歴史の積み重ねによって生まれたものです。

背景を知って歩くと、

「きれいな街」

「立派な教会」

で終わることなく、その土地が歩んできた歴史まで感じられるようになります。

私のツアーでは、観光地をご案内するだけではなく、

「なぜこの街が造られたのか」

「なぜスペイン文化が根付いたのか」

「メキシコと中南米の歴史はどうつながっているのか」

といった背景も交えながらご案内しています。

ガイドブックには載っていない歴史を知ることで、旅は何倍も面白くなります。

歴史がお好きな方はもちろん、

「学校の世界史は苦手だった」という方にも分かりやすくご説明していますので、お気軽にご相談ください。

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